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よあけの部屋

□ 魔物娘たちの御主人様! □

第38話 魔王ギリシュ

野次馬の裂け目から現れた集団は、道の途中で立ち止まると、そこから1人だけがタロウの眼前に歩み寄ってくる。

レーデの酒場の入り口から漏れる光の中に、ゆったりと入ってきたのは金髪の男だった。

高級な純白のシルク生地の長袖を優雅に着こなし、細かい彫り物が施されている滑らかな革ベルトには、針のような細身の刀身を持つレイピアが下げられている。

センター分けの少し長めな金髪に赤い瞳。

顔の素材は男前なのだが、他者を蔑む精神が顔に現れているのか、常にまぶたの上側が少し下がっており人相がとても悪い。
眼前に現れた金髪の男を見た瞬間、タロウは確信した。

「(やはり、こいつが「傀儡の魔王」のギルド長か)」

タロウが「傀儡の魔王」によるアンデッドドラゴンの捕獲作業を邪魔した際に、団員達に対して命令をしていた金髪の男の事を、タロウは覚えていたのだった。

蔑んだ目でタロウを見つめる金髪の男。

そんな金髪の男を、タロウは感情の無い目で見つめ返す。
タロウは金髪の男を睨むだけで、あえて自分から口を開くことはなかった。
なぜなら、タロウには彼等に対して「何の用事」も無いからだ。
タロウは、どれだけでも待ち続ける覚悟で、口を開いてやらないつもりだった。
タロウと金髪の男は睨み合いながら、沈黙の時が過ぎていく。

そんなタロウの心が分かったのか、金髪の男は「ふんっ」と小さく鼻で笑うと、気怠そうに口を開いた。

「……威勢がいいな小僧」

「…………」

金髪の男が先に折れて口を開いてきたというのに、タロウはなおも応えることはなく、無感情な瞳のままで金髪の男を見つめ続ける。

そんなタロウの態度を見て、金髪の男は眉毛をピクリとさせると、顔を少しだけ下げて、力なく落ちている上まぶたに赤い瞳を半分だけ潜り込ませた。
顔の筋肉を少しも動かす事なく、タロウに対して自然と睨む表情に移行する金髪の男。

「……小僧、私は「傀儡の魔王」ギルド長のギリシュ。要塞都市バルタロの中において三大ギルドの一つであり、ここの連中は私を恐れて「魔王ギリシュ」と呼んでいる。ここに来たての新人であるお前には分かるまいが、私に逆らうと、ここでは生きていけないぞ? もう少し上の者を敬う態度をしてはどうかね」

「…………」

タロウは丁寧に自己紹介をしてくれる魔王ギリシュにも、頑なに返事を返さない。
魔王ギリシュは尚も表情を動かさなかったが、さすがに額の上には、小さな血管を浮かび上がらせていた。

「そうか……私の慈悲は要らないか。ならば、私がここに来た用件を単刀直入に言おう。ピンクメデューサとアンデッドドラゴンを私に渡せ。でなければ、ここで直ちにお前を殺す。それと、ピンクメデューサとアンデッドドラゴンを使役する技術も私に渡せ。でなければ、もちろんここで直ちにお前を殺す」

魔王ギリシュの恫喝を聞いて、タロウは初めて無表情を止めると「にんまり」と微笑んだ。

「殺意を向けてくれてありがとう。これで「心置き無く」あんたを殺せるよ」

タロウが爽やかに応えると、タロウに続いて魔王ギリシュも初めて大きく表情を崩して、何とも言えない不気味な笑みを浮かべながら「ひゃはっ!」と変な声を出す。

「……おっと、変な声が出てしまった。いやー、いつ以来だろうな。思わず私が笑ってしまうなどとは……。お前、ユーモアのセンスがあるな。だが、残念だよ。今日でその減らず口も閉店だ。せいぜい、粋がった事をあの世で後悔するといい」

魔王ギリシュは目の前に垂れ下がった金髪を掻き上げながら顎を上げると、右の口端だけを吊り上げて、タロウを蔑んだ目で見つめる。

タロウと魔王ギリシュが笑顔で睨み合う中、タロウの背中で静かに様子を伺っていたリベエラが、魔王ギリシュに声をかけた。

「……ギリシュ。私もいるんだけど。タロ坊に手を出すってんなら、私も黙っちゃいないよ?」

魔王ギリシュは目線だけを動かして、タロウの後ろにいる「鉄獄の檻」のギルド長であるリベエラを見る。

「……やはり、リベエラ。レーデだけでは無くお前も絡んでいるんだな。でなければ、現時点で三大ギルドにしか通達されていないアンデッドドラゴンの情報を、新人のこいつが知り得るわけが無いものな」

「まー……色々あってね。この魔物使いのタロ坊とは協力関係を結んでいるの。だから、タロ坊に手を出せば、私達「鉄獄の檻」に喧嘩を売った事と同じよ」

「……で、それがどうした?」

魔王ギリシュは少しだけ首をかしげて、両手の平をリベエラに見せながら口をへの字にすると、リベエラを小馬鹿にした感じで応える。

明らかにリベエラを舐めたその態度に、リベエラは「ちっ」と舌打ちをすると、魔王ギリシュは薄ら笑いを浮かべながら言葉を続けた。

「今、この瞬間において、お前1人で何が出来る。私に敵対すると言うならちょうど良い。このクソ生意気な小僧と一緒に、お前も魔物奴隷の餌にしてやるさ。お前がここで死んだところで、「鉄獄の檻」の連中は平然と次のギルド長を立てて、何食わぬ顔で仕事を続けるだろうさ。人間は誰しも自分の身が一番だからな」

魔王ギリシュの洞察は正解だったのか、リベエラは不機嫌そうにため息を一つ吐き捨てる。

「確かにギリシュ。あんたの言う通りさ。私が死んでも「鉄獄の檻」の仲間達は、命を懸けてまで敵討ちはしてくれないだろうね。だって、私がその立場でもしないもの。……でもね。生きているならば話は別さ。私の力を信頼し、私の挑む勝負に命を張ってくれるのが仲間だからね。それは、あんただって同じだろ。あんたの勝利を信じて疑わないからこそ、あんたの後ろにお仲間さんが控えているわけだ。それは、私も同じ。そもそも、あんたのような粘着質な男が、タロ坊に仕掛けてこないと私が思っていたと思うのかい?」

リベエラがゆっくりと右手を上げると、レーデの酒場の後ろから十数人ほどの人影が現れる。

「……なんだ。お前も仲間を連れて来ていたのか。だが、全団員では無さそうだな」

「数より質よ。うちのエース級を全員連れてきているわ。それでもやるって言うなら、覚悟をすることね」

「……くぷぷぷ」

魔王ギリシュは片手で顔を覆うと、必死に笑いを堪えている。

「……何が可笑しいギリシュ!」

魔王ギリシュの態度に怒りを表すリベエラ。

「――ギャハハハハハハハハッッッ!!!!」

魔王ギリシュは顔から手を離すと、満面の笑みで声高らかに大笑いをする。

表情の乏しかったはずの人間が、突如として浮かべる満面の笑顔と甲高い笑い声は、不気味以外の何ものでもなかった。

「リベエラ……お前は本当にバカだな~」

必死に笑いを堪えながら、声を絞り出す魔王ギリシュ。
あまりにもバカにした態度に、リベエラは眉を寄せて額に血管を浮かび上がらせている。

「……お前、うちの戦力が、どれほどのものか知っているんだろう?」

一瞬で笑う事をピタリと止めた魔王ギリシュは、先程までと同じように蔑みの瞳でリベエラを見る。

「私達は確かに対魔物戦が得意だ。だけどもなリベエラ。お前も必ずやるよな……計算を。自分の戦力と比べて分が悪い時は、魔物の戦力を分断したり、誘い出したりしながら上手に仕留めるはずだ。ただし、それが出来るのは、ひとえに魔物が「バカ」だからだろ? だからこそ良いのか? 魔物使いの魔物、つまりは人間が操る魔物と戦っても、本当に大丈夫なのか? 私は出し惜しみはせんぞ。殺るからには「全部」を出すからなぁ」

魔王ギリシュは、眉と口端を少しだけ上げて不気味に微笑む。
魔王ギリシュの脅しに、リベエラは「ぎりり」と歯を軋ませながら低い声で言い返した。

「おいこらギリシュ。お前こそ私達を舐めるなよ。私達の捕獲技術は対人戦においても効果絶大だということをな」

「ふん」

魔王ギリシュはリベエラの殺気を、鼻を鳴らすだけで平然と受け流す。
タロウは顔だけを後ろに向けて、リベエラに声をかけた。

「そんなに数が多いんですか?」

「……戦力保持数から言えば三大ギルドで一番でしょうね。団員達は1人につき2~3体のミノタウロスやオークを使役するから普通なんだけど、魔王ギリシュの使役魔物数が、かなり異常なのよ」

「異常?」

「ええ、魔王ギリシュ1人で、何種類もの魔物を何十体と使役できるの。軍隊で例えれば騎士200人程度、つまりは1個騎士中隊相当の戦力を保持していると言っても過言では無いわ。つまり団員はおまけ。「傀儡の魔王」の威光は魔王ギリシュ1人で築き上げた物よ」

「……なるほど。じゃあ遠慮は無しで大丈夫ですね」

リベエラが「え?」と聞き返す間もなく、タロウは魔王ギリシュに顔を向けると同時に右手を上げて叫ぶ。

「――プス子!! 金髪の男を射てっっ!!!」

タロウの声が響いた瞬間、レーデの酒場の中から凄まじい速さの矢が、魔王ギリシュの眉間に向かって飛んでいく。

しかし、魔王ギリシュの眉間に、プス子の矢が刺さることは無かった。

いつの間にか魔王ギリシュの真横に現れていた全身黒ずくめの重厚な鎧で身を包んでいる「首無し」の騎士が、プス子が放った超速の矢を魔王ギリシュの眉間の直前で、左手だけで掴み取っていたのだ。

右手には、刀身が炎の様に波打つ形をした細身の剣を携えている。 

タロウは何の前触れも無く出現した黒騎士に目を細めた。

「(……いきなり現れた?)」

タロウの疑問を後ろにいるリベエラが、うんざりした声で応えてくれる。

「……自動召喚よタロ坊。魔王ギリシュの身に危険が及ぶと、自動的に懐刀で護衛役のあいつが呼び出されるの」

「首無し騎士ということは、デュラハン……で良いですかね?」

リベエラに振り返ること無く、デュラハンを見つめながら問いかけるタロウに、リベエラは「ええ」と肯定する。

「あれも立派なレア種よタロ坊。1体で人間の騎士20人分ぐらいの力があると言われているけど、近接戦闘だけで考えればそんなものじゃないでしょうね。私達でも気軽には手を出さない程に鬱陶しい魔物よ。はっきり言ってどうしてギリシュの野郎が、デュラハンを使役できているのかは不思議でしょうがないわ。しかもデュラハンの得意な剣まで持たせてね。でも、使役できているんだからどうしようもないのよね……まったく。ちなみに、あの刀身が波打っている剣は名剣フランベルジュよ。あれで斬られると傷が治らなくてヤバイから気をつけなさい」

魔王ギリシュが愉快そうに高笑いする。

「――クハハハ!!! いきなり不意打ちとは汚い野郎だなぁおい! ピンクメデューサを使役する技術を持っていながら、勝つ為には手段を選ばないというわけか。ま、戦法としては常道だが、そのせいでお前の死はより確実になったわけだ! いきなり私の奥の手を引きずり出したのだからな!! だが……それでも私は油断はしないがな」

魔王ギリシュは革ベルトに付いている、革製の頑丈そうな四角い道具袋に手を突っ込むと、タロウが元居た世界の紙幣の形と似た白い紙切れの束を取り出して、そのまま地面にばらまく。

「――ギリシュの名において召喚する!! 出でよ骸骨兵士共!!」

魔王ギリシュが力ある言葉を叫ぶと、地面にばらまいた白い札達から光の柱が立ち上り、そこに鉄剣と鉄の丸盾を持った骸骨の剣士20体ほどが、地面から生えるようにニョキニョキと現れ始める。

「(……召喚魔法の一種か。そんな便利な物があるんだな)」

魔王ギリシュの動作と現象を見ただけで、ファンタジーに強いタロウは一瞬で理解する。

白い札からニョキニョキと湧き出てくる骸骨兵士達を前に、ここは呆然としているべきではないと判断したタロウはすかさず行動に移る。

タロウは右手を夜空に突き上げながら叫んだ。

「――タロウの名において召喚する!! 出でよプス子とメデ美!!」

タロウの声が響き渡った瞬間、レーデの酒場からプス子とメデ美が素早く飛び出して、タロウの元に駆け参じる。

「――プス子参上です!」

「――我もここに!」

プス子は鉄製の胸当、籠手、すね当てを装着し、左手には縁や表面の一部に鉄板が貼ってある木の円盾、右手には鉄棒の先に鉄塊がついた少し大きめのメイスを握りしめており、もちろん背中には大弓を背負っている。

メデ美は右手にタロウから賜った木の棒(魔法の杖)を握りしめている。

プス子とメデ美の後を、片刃の長剣を携えポニーテールを揺らしながらスタスタと普通に歩いてきたレーデが、タロウの背中に向かって突っ込みを入れてきた。

「それは召喚じゃなくて、普通に呼んだだけよね」

「……すいません。ちょっと羨ましくて」

タロウは後ろにいるレーデには振り返らず少しだけ拗ねた表情を浮かべながら謝ると、レーデに対してリベエラがため息混じりに声をかけた。

「ギルド同士の共同作戦では心強かったけど、敵として使われると実に最悪だね……あれは」

「少し前なら私も絶望していたでしょうけど、今は違うわ。なにせ私の酒場には凄腕の用心棒がいますからね」

レーデは微笑みながらタロウの背中を見つめる。

「だってさ、タロ坊」

リベエラも微笑みながらタロウの背中を見つめた。

「用心棒として頑張ります!」

タロウは魔王ギリシュを睨み続けながら応える。

骸骨兵士の出現が終わると、半分の10体が魔王ギリシュを守る為、隙間もないほどに魔王ギリシュの周りをぐるりと取り囲む。

「……小僧。お前、魔物使いのクセに身体能力も高いんだってな? だが、これでもう私には近づけまい」

魔王ギリシュは、タロウが痛めつけた部下の報告を元に戦略を立てているようだった。

「(……さすがはギルド長か。部下の報告を蔑ろにせず、用意周到に準備をしてきたみたいだな。しかし、こうやって相対してみると、街中という事もあって暴れにくいし色々と面倒だな……。プス子による射撃が失敗した後に、さっさと俺が刺しておくべきだったか?……。いや、むしろ、今からさっさと刺すべきか……。いや、でも、俺個人のチート能力だけではなく、魔物娘達を使役しての戦闘経験も、きちんと積んでおきたいんだよな……。となると、がっつりやりあうのもアリか……)」

タロウは勝利を確信してはいたが、勝利への道順に関しては今ひとつ決めかねていた。

それは、戦闘慣れをしていないがゆえの逡巡であるのだが、緊迫した現状において、それが悪手である事を今のタロウには知る由もなかった。

タロウが生み出してしまった僅かな時間を、魔王ギリシュは見逃さずに、またも道具袋に手を突っ込むと、召喚札を取り出してあたりにばらまく。

「――ギリシュの名において召喚する!! 出でよ火トカゲ共!!」

骸骨兵士の防御壁の外側にばらまかられた召喚札から、赤いワニのような魔物が10体出現する。
尚も続いて道具袋に手を突っ込む魔王ギリシュは、更に召喚札をばらまく。

「――ギリシュの名において召喚する!! 出でよゴーレム共!!」

岩の固まりを人型に繋ぎ合わせたような岩のゴーレムが4体現れる。

4体とも全てプス子よりも巨大な体躯をしており、その大きな岩の拳で真上から叩かれようものなら、人間ならば粘土細工のように「ぺちゃんこ」にされる事は間違いない。

デュラハン1体。

骸骨兵士20体。

火トカゲ10体。

岩ゴーレム4体。

一瞬にして巨大な戦力を、タロウ達に対して布陣させる魔王ギリシュ。

その顔は勝利を確信しているのか、不気味に歪んで微笑んでいた。

「魔王ギリシュの奴、本気の本気で私達を殺すつもりね……。でもねタロ坊。魔王ギリシュはまだ本当の奥の手を隠しているわよ」

「まだ、あるんですかあいつ」

リベエラの警告にタロウは少し呆れ気味に応える。

「あいつの本当の奥の手はゴブリン50体よ。それを召喚したら、ここら一体は瓦礫の山になるわ。なにせ頭の悪いゴブリンの群れによる無差別攻撃だからね。種族を問わずオスはミンチ、メスはレイプ。「殺戮(さつりく)の晩餐(ばんさん)」と名付けているだけあって、大変な事になるわよ」

それは、最悪の場合、リベエラやレーデがゴブリン達に、無惨にレイプされて殺されるという意味でもあった。

「(……魔王ギリシュはここを無差別攻撃する事も考えているのか。まずったな……無差別攻撃が出来ない俺の方が不利だ。レーデさん、リベエラさん、レーデさんの酒場、難民街の住民、守るべきものが俺には有り過ぎる。でも、魔王ギリシュには何も無い。個人同士の喧嘩とは違い、これが集団戦の難しさか……。となると、チート能力で今回はさっさと魔王ギリシュを刺すのが得策か……、いや、せめて、そのゴブリン群を出してくるまでは、プス子とメデ美を使役して対集団戦の練習をしても悪くはないか……)」

タロウは、対集団戦闘という経験を積める機会ということで、チート能力を使用した速攻戦術をあえて封印する事を決める。

「タロ坊。あれだけの魔物を一度に相手にするのは、さすがに無謀よ。そもそもピンクメデューサは魔法使いだから、デュラハンの様な近接戦を仕掛けてくるタイプには弱いからね。一応、私達はデュラハン用の装備を持ってきているから、デュラハンと「傀儡の魔王」の団員達は私達に任せて、タロ坊は魔王ギリシュとその使役する魔物を集中的に攻めなさい」

リベエラの的確な判断と指示に対してタロウは即答する。

「分かりました。お断りします」

「では、行くわよ……って、は?」

タロウからの予期せぬ応えに、呆然と問い返すリベエラ。

しかし、タロウは冷たい目線で魔王ギリシュ達を睨み続けている。

「リベエラさん。デュラハンと「傀儡の魔王」の部下達相手に、無傷で勝てますか?」

「……それは……厳しいでしょうね」

「ここでリベエラさんに、ケガをさせるわけにはいかないんですよ。でないと、お楽しみが延びてしまうんで」

タロウの言葉の意味が分かったリベエラは苦笑いを浮かべる。

「でもねタロ坊。そもそも、ここを生き延びなければ「意味」が無いんじゃなくて?」

例の約束の為に、リベエラにはケガをして欲しくないというタロウの思いを、リベエラはやんわりとたしなめてくれる。

「いえ、それでも俺に任せて下さい。この状況は、俺にとっては悪くないですから。プス子とメデ美の力を試してみたかったし、対集団戦の良い練習にもなりそうなんで。だからこそデュラハンを含めて、魔王ギリシュとその魔物達は俺がやります。その代わり「傀儡の魔王」の団員達を、リベエラさんとレーデさんに任せても良いでしょうか?」

リベエラのたしなめを聞かず、タロウは譲らなかった。

強気なタロウの言葉に、リベエラは心配そうに問い返す。

「本当に大丈夫なのタロ坊?」

「大丈夫です」

リベエラは諦めたのか小さくため息を吐いた。

「そう、なら分かったわ」

話を聞いていた女将レーデも頷く。

「私もタロウさんの指示に従うわ。こちら側はタロウさんの戦力が一番ですからね。邪魔にならないように動きます」

「ありがとうリベエラさん、レーデさん」

タロウは顔だけを振り向かせて、リベエラとレーデに微笑みながら頷くと、すぐに魔王ギリシュ達に向き直す。

「あと、無理はせずに時間稼ぎに徹して下さい。その間に魔王ギリシュとの決着をつけます」

「分かったわタロ坊。時間稼ぎなら任せなさいな。私達の十八番よ。それじゃ期待しているわよ!」

リベエラはタロウにそう言うと、レーデと部下を引き連れて魔王ギリシュと、使役されている魔物軍団を迂回するように駆け、その背後にいる「傀儡の魔王」の団員達に突撃していく。

「傀儡の魔王」の団員達の前に近づいたリベエラは、引き連れてきた「鉄獄の檻」の部下達に号令をかける。

タロウの指示通り近接戦闘には持ち込まず、程よい距離から煙幕弾、催涙弾、麻酔矢、鉄鎖網などを、雨あられと「傀儡の魔王」の団員達に浴びせかけると、まさに決着を求めない時間稼ぎの泥仕合に持ち込んでくのだった。

そんなリベエラ達の突撃をもって、まさに戦闘の火蓋が切られる。

タロウと睨み合う魔王ギリシュは、腰に下げているレイピアを引きぬくと、天に向かって剣先をクルクルと回しながら大声で叫んだ。

「――火トカゲ共よ!! 火を噴け!!!」

魔王ギリシュの命令を受けて、10匹の火トカゲ達が一斉に口を開くと、タロウ達に向かって火炎放射を放ってくる。

「――メデ美!! 土の壁で炎を防げ!!」

タロウの命令を受けて、メデ美はピンク色の髪を野太い何十匹もの蛇に変化をさせると、魔法を唱える。

「――並列処理詠唱(クイックロード)!!」

野太い蛇達が、魔法詠唱文の各パートを一斉に並列詠唱する事により、魔法詠唱の時間を驚異的に短くしてしまうピンクメデューサ族の奥義の一つ。

「――我等を護れ土の壁よ!!」

メデ美の力ある魔法の言葉に従って、タロウ達の眼前の土が盛り上がって壁となり、火トカゲ達の火炎放射を防ぐ。

しかし、火炎の放射力が強いのか強風の中で板を立てたような感じになってしまい、タロウ達の左右を強烈な炎が駆け抜けていく。

その熱波は凄まじく、炎の熱さにタロウは眉間にシワを寄せた。

「(……これだけの大混戦となると、相手の魔物を傷つけない戦い方をする余裕が無いな。となると、もはや多少の犠牲はやむをえないか……)」

タロウは何よりも優先すべきは、味方である事を再確認して覚悟を決める。

「――メデ美! この火炎放射が終われば、あの火トカゲ共を氷のツララで撃ち殺せ!!」

「――ははっ!」

メデ美は土の壁を形成する事に集中し続けている。

タロウは火炎放射が途切れるタイミングを狙って待っていたのだが、タロウ達の左右を駆け抜ける炎の壁の左側、つまりはメデ美がいる方向の炎の中から、突如として黒い物体が飛び出してきた。

「――なっ!?」

タロウは目を見開いて驚愕する。

炎の中からいきなり現れた黒い物体とは、炎の中を突撃してきたデュラハンだった。

デュラハンは右手に握り締める名剣フランベルジュを振りかぶったまま、荒れ狂う炎の中から飛び出してくる。

そのあまりにも常識外れな攻撃方法に、タロウの思考は混乱してしまう。

「(――や、やられたっ!! デュラハンは鎧の魔物!! 人間のような生身を持っていないから、炎の中でも突っ込んで来れるんだ!!)」

魔法に集中しているメデ美の頭に向かって、刀身が炎の様に波打つ細身の名剣フランベルジュを、容赦無く打ち下ろしてくるデュラハン。

完全な不意を突かれてパニック状態のタロウの横を、プス子が大きい体ながらも素早い動きで駆け抜けていく。

プス子はデュラハンの打ち下ろしを、左手の丸盾で受け止めると、右手のメイスでデュラハンの腹部を叩きにいくのだが、デュラハンはプス子の渾身の一撃を空いた左手で易々と受け止めた。

デュラハンの剣を受け止めるプス子。

プス子のメイスを受け止めるデュラハン。

お互いの一撃を受け止め合い、膠着状態を作り出す事に成功したプス子。

プス子の見事な動きに、タロウは慌てて思考を動かす。

「(――ダ、ダセェェェ!! なにが、人間の悪知恵には対抗してやるだ!!! 見事に裏をかかれていたら世話ないぜ!! くそっ、相手の土俵に上がって戦闘経験を積もうなんてのが驕りなんだ!! とにかく俺の全力をぶつけて、結果的にそれを戦闘経験にしなくちゃダメだ!! 全力を尽くせ全力を!!! でなければ大事な物を失うぞ俺っっ!!!)」

タロウは自身に渇を入れると、思考停止に陥ってしまったタロウの代わりに、見事な対応をしてくれたプス子を大声で褒める。

「――良くやったぞプス子ォォ!!」

「――あいっっっ!!」

プス子はデュラハンを押し止めながら元気良く応える。

心臓が破裂するかと思うぐらいに肝を冷やしたタロウだったが、即座に気を持ち直すと次の対応に移った。

「――メデ美!! 土の壁を維持したまま、デュラハンに土の弾丸をぶち当てて、炎の中に押し戻せるか!?」

「――お任せあれ!!」

メデ美は髪の野太い蛇を十数匹だけ、デュラハンに向ける。

「――多重処理詠唱(マルチプルロード)!!」

デュラハンに向いた髪の蛇達が、一斉に同じ魔法を詠唱し始める。

「――土の弾丸よ!! 我の敵を撃ち砕け!!」

メデ美の後ろの大地から土の塊が浮かび上がり、空中で分かれて、それぞれ圧縮されていくと、十数個の拳大の固まりとなっていく。

「――プス子!! メイスを手離して下がれ!!」

タロウの指示通りにプス子は、デュラハンに受け止められていたメイスを手放すと、素早く後方に下がる。

その瞬間、拳大の土の圧縮弾達がデュラハンに撃ち放たれた。

プス子と入れ替わるように、デュラハンの正面に対して、十数発もの土の弾丸が一気に撃ち込まれていく。

デュラハンの鎧の上で、凄まじい音を上げながら弾ける土の弾丸。

さすがのデュラハンもその衝撃力に後ろへと吹き飛ばされ、土壁の周りをほとばしる炎の中に押し戻されていく。

「――まったくあの金髪野郎!! もう少しで俺のメデ美が大変な事になる所だった!! 絶対に許さねーぞ!! 絶対にだっ!!!」

タロウは炎の中に押し戻したデュラハンに向かって罵声を浴びせた後、即座にメデ美とプス子に命令を伝える。

「――これより後方に下がって体勢を立て直す!! メイスを失ったプス子は後方にて弓矢用意!! メデ美は火炎放射を防ぐ土壁を維持しつつ共に後退!! では、下がるぞ!! ついて来い!!」

「――あいっ!!」

「――ははっ!!」

タロウはレーデの酒場に向かって早足で後退する。

その後を追いかけるプス子とメデ美。

タロウはレーデの酒場の前で、待機していたあん子の前に行くと指示を出す。

「――あん子!! 前に教えた通りに小さくなれ!!」

「――は、はい!!」

レーデの店の前で、呆然と戦場を眺めていたあん子は、タロウの命令を受けて慌てて体を小さくすると、胴体部分が象程度の大きさの中型ドラゴンから、猫の大きさ程度の小型ドラゴンへと収縮させる。

タロウは小型ドラゴンあん子を両手で掴み上げて、自分の右肩にドラゴンあん子の腹部でまたがせる様に乗せてかつがせていると、火トカゲの火炎放射の炎の中から、先程、吹き飛ばしたデュラハンが再度、飛び出してくる。

土壁の真後ろに居たはずのタロウ達が居ない事に、一瞬だけ戸惑うデュラハンだったが、既に後方に下がっていたタロウ達を見つけると、タロウ達に向かって突撃してきた。

「――来い!! 首無し野郎!!」

タロウが駆けてくるデュラハンを大声で罵る。

そんなタロウの右肩にはドラゴンあん子が鎮座しており、タロウは右腕を上げて、右手の人差し指をデュラハンに差し向けた。

タロウの右手の人差し指と同じ方角に頭を向けるあん子。

次いでタロウは声高らかに叫ぶ。

「――撃てぇぇぇっっっ!!!!」

タロウの号令と共に、小型ドラゴンあん子は「カパァァッ」と口を大きく開けると、サッカーボールほどの大きさの黒炎弾を撃ち放つ。

轟音を上げながら宙を駆ける黒炎弾は、突撃して来るデュラハンに直撃した瞬間に大爆発し、凄まじい火柱を夜空に向かって吹き上がらせた。

「――ざまあみろ!! これぞあん子砲だ!!」

小型あん子を右肩に乗せる事により、プレ○ターの肩キャノン兵器の様に運用するというタロウのオタクアイデアだった。

天を貫く火柱に、この場にいた全ての者達が、呆然と夜空を見上げる。

「――デュラハンは、これで仕留めたぞ!!」

タロウの自信に満ちた勝利宣言。

だが、それはすぐに覆る事となる。

デュラハンを包み込んでいた煙が風に流されると、そこには仁王立ちで佇むデュラハンがいたのである。

「――はあ!?」

タロウは首を突き出すような仕草で、デュラハンを睨みながら驚きの声をあげた。

デュラハンは剣を持っていない方の左手をタロウ達に向けており、どうやら左手であん子の黒炎弾を受け止めたらしい。

だが、当然ながら無傷とはいかないらしく、デュラハンの左手は肘の付け根辺りまでが吹き飛んでいた。

しかし、その戦果が気に入らないタロウは不満そうに愚痴る。

「……おいおいマジですか。小さくしたとはいえあん子の黒炎弾だぞ? その直撃をくらっておきながら左手だけかよ……」

タロウは眉をひそめると、頭を指先でぽりぽりと掻きながら舌打ちをするのだった。
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