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よあけの部屋

□ 魔物娘たちの御主人様! □

第29話 侵食

リベエラからアンデッドドラゴン(メスらしい)の賞金首情報をもらってから既に数日が過ぎていたが、タロウは今日も近場の狩場でのんびりとピクニック(狩り)に勤しんでいた。

「(こういう場合は、情報を得た翌日にでも大きなイベントに遭遇するはずなんだけども、全くもって遭遇する気配が微塵もないな。さすがに漫画みたいにドラマチックにはいかないか。ま、確かに現実だとこんなものだよなー)」

タロウは日課の銀貨5枚縛りの狩りを終えた後、お楽しみのレーデ特製のお弁当タイムに突入していた。

タロウは自分の分のおにぎりを食べ終えると、乙女座りの様に蛇の下半身を横に流しているメデ美の太ももらへんに頭を乗っけてごろりと寝転ぶ。

「タ、タロウ様?」

タロウの急な行動に驚くメデ美。

「お腹が一杯になったからなー。ちょっとメデ美の膝枕で休憩させてくれ」

「は、はい。この蛇めので宜しければ、どうぞお使い下さいませ」

メデ美はまだ驚きが消えないのか、言葉を詰まらせながら「あわわ」と緊張している。

「(ま、メデ美は蛇の下半身だから「膝」は無いんだけれども、ピンクの鱗や白い腹部がひんやりしつつすべすべしているから肌触りがとても良いんだよな。こういう昼時の陽射しの温かい時なんかは実に良い塩梅だわ)」
  
タロウはメデ美の膝辺りっぽい部分を片手で撫で撫でして触感を楽しむ。

「タロ様はね。膝枕が好きなのです。そうだ。タロ様の頭を撫で撫でしてみると何だかとても気持ち良いよ」

プス子はタロウに譲ってもらったおにぎりを食べながらメデ美にアドバイスを送る。

「それはまことかプス子」

「あい、まことです」

「あれ? 俺、プス子に頭を撫でられた事なんてあったっけ?」

タロウの質問にプス子はにこりと微笑む。

「むふふ。実はあるのです。膝枕をしていた時にタロ様が寝てしまったので、こっそりと撫でさせてもらったのです。そうしたら、何だか私の心がぽかぽかしました」

「た、確かに我等、魔物の女は伴侶の毛繕いなどが至福の一時だと聞いたことがある。何とも羨ましい話じゃの」

「メデ美もやってみればいいのです」

「わ、我がか!?」

「あい」

プス子は元気良く頷く。

メデ美はしばらく呆然とした後、自分の元で無防備に頭を預けてくれているタロウを両目をパチパチとしながら見下ろす。

「わ、我の様な蛇めにそのような機会が訪れようとは……。我が神であらせられるタロウ様に優しくして頂けるだけでも感無量だというのに、魔物の女としての幸せを更に頂いてしまっては何とも恐れ多い事でありまする……」

「(まー、俺ももうガキというわけでもないし俺から頭を撫でてくれというのもアレな感じだが、だからといって、こう大層に遠慮されても困るし、そもそも、俺も特に嫌がる理由も無いしなー。魔物娘達が伴侶の毛繕いが好きならばさせてあげるのが男の器量ってものだろう)」

メデ美が自身を律するように遠慮し始めたのでタロウは優しく声をかける。

「そう、深く考えずにほれ。撫でておくれよメデ美さん」
 
メデ美が遠慮ゆえに萎縮しているので、それをほぐす為にタロウから催促してあげる。 

「タ、タロウ様のお、御髪(おぐし)をお触りしても、本当に宜しいのですか?」

「よいよい。そう、遠慮せずともよいのじゃ。メデ美は俺の大事な女であるからの。遠慮せず俺の毛繕いをしてたもれ」

神っぽく大仰に応えようとしたタロウだったが、なんだか雅なお方っぽい口調になってしまう。

「は、はい!! そ、それではタロウ様、御髪に触れさせて頂きまする」

メデ美はまだ緊張しているのかタロウの頭の上で手の平を構えながらも、どうしたものかと手をさまよわせている。

「ほれほれ。メデ美の好きなように撫でてみな」

「は、はい」

タロウの再度の催促を受けてメデ美は恐る恐るタロウの髪を撫でる。

くすぐったくも温もりのある優しい撫で方にタロウは自然と目を細めてしまう。

「(うわー……こんな風に子供扱いされても困るんだけど、でも……こう……なんか……案外、気持ちが良いものなんだな。あー……うん……満腹感と温かい陽射しも相まって、どうにもこうにも眠気がやばいわー……)」

タロウはメデ美の手の平から伝わる愛情を受けて、そのまま「すやすや」とお昼寝タイムに入ってしまう。

小さな寝息をたてるタロウの髪を飽きること無く静かに撫で続けるメデ美。

その表情は自然と綻び、幸せに満ちていた。

「こ……これは、何とも凄いのプス子」

「でしょ」

「体の奥底からじんわりと溢れだす幸福感が実に堪らんの」

「あい」

「あー……我にこんな至福の一時が来るとは思いもせなんだ。これも全て我が神であるタロウ様のお陰じゃ。しかし……あーもうっ!! タロウ様が愛おし過ぎて食べてしまいたいぐらいじゃ!!」

「食べるのはだめー。プス子も膝枕をして頭を撫で撫でしてあげたいのです」

「わ、分かっておる。あくまでも例えじゃ例え。しかし、本当に我等は運が良いの。タロウ様に出会えて無ければ、今頃は既に無様に死んでおるの……」

「あい。タロ様は私達の救世主です。この命はタロ様の物です」

「ああ、全くじゃ。我も常に覚悟を決めておる。タロウ様の為に生きて死ぬことをの。だが、プス子よ。お主は我の友達じゃ。お主も守ってやるからの」

「あい! プス子もメデ美を守ってあげるので安心して下さい」

「それは心強いの」

メデ美は大地を吹く風にピンク色の髪を揺らしながら優しく微笑む。

プス子は大きな単眼をぎゅむりと閉じて微笑んだ。 

その後、タロウは短い昼寝から目覚めると、いつも通りに自分が乗り込んだ荷車をプス子に引かせてレーデの酒場兼お宿へと帰るのだった。

そして、皆でレーデの宿で美味しい夕食を食べ、食後にお風呂に入ってイチャイチャし、自室で寝る前にも何回戦かを楽しむ。

という感じで、ここ最近のいつも通りの1日が終わる……ことは無かった。

タロウ達がレーデの酒場へと続く通りに出た瞬間、まずはプス子の驚異的な視力がその「異変」をとらえる。

「タロ様。お宿の前に人間がたくさんいます」

「――分かっている! この距離なら俺の目でも人だかりができているのだけは分かる」

タロウは荷車の上で立ち上がりながらレーデの酒場の前の異変を見つめる。

ここからでは何が起こっているのかまでは判断ができないが、心配して損をする事は何も無いと判断したタロウは即断する。

「プス子! 走れるか!」

「あい!!」

「メデ美も走れるならついて来い! 無理なら後からでもいいぞ」

「大丈夫でございます!」

プス子が荷車を引いたまま勢い良く走りだす。

タロウは振り落とされないように荷車にしがみつく。

隣を歩いていたメデ美はゆるゆるとした蛇行運動を止めると、地面の上を滑るように直進しながらプス子の走りに少しも遅れることなくついてくる。

メデ美の素早い動きにタロウは蛇の胴体の能力に感心するが、それに気を取られているわけにもいかないので思考を目の前の酒場の異変へと集中する。

プス子の引く荷車があっという間にレーデの酒場の前に着いた瞬間、タロウは荷車から飛び降りる。

タロウの姿を見た人垣の1人で、魔物殺し風の男が慌てた様子で駆け寄ってくる。

「――あ、あんた!! 確かレーデさんの宿に泊まっているタロウって魔物使いだよな!? 何回か酒場で見たことがあったんだが間違い無いよな!?」

タロウにはその人物の記憶は無かったが、どうやらレーデの酒場の客の1人のようだった。

「はい、確かにそうです。 それにしてもこの人垣は一体、何事ですか!?」

タロウは焦る気持ちを隠さずに核心を尋ねる。

「そ、それが、急に要塞都市内のギルド連中が来たんだよ!! そいつらにレーデさんが襲われてレーデさんも善戦したんだが、今「負けちまった」ところだ!! あ、あんたレーデさんのお気に入りなんだろ!? 何とかしてあげてくれよ!!」

男の言葉の中で「負けちまった」を聞いた瞬間に、男の話を後にしてタロウは人垣へと駆け出しながらプス子へ命令する。

「――プス子!! この人混みを押し退けて道を作れ!!」

「――あいっ!!」

タロウの命令通りにプス子が先に人混みに突入すると、自慢の怪力で野次馬連中を次々と押し退けていく。

時にはプス子の怪力で持ち上げられた野次馬が軽々と空中に放り投げて捨てられる。

野次馬達の悲鳴を聞きながらタロウは人混みの壁を容易く突き抜けていく。

「――!!」

レーデの酒場の前に出た瞬間、タロウはその景色に目を見開いた。

いつもの見慣れた酒場の前には見事な鎧を着込んだミノタウロス4体が血まみれで倒れ伏しており、更に、その中には魔物使いであろう人間の男が2人も倒れている。

片方は仰向けで首から血を流しがら白目を剥き、片方は自身の血溜まりの中に突っ伏して絶命していた。

そして、酒場の入口の前には、まるで「とうせんぼ」をするかの様に1人の魔物使いが腕組みをして仁王立ちをし、その両脇には重装備のミノタウロスを従えている。

酒場の中からは「いや! やめて!!」と叫ぶレーデの声が微かに聞こえてくる。

それら一連の景色、声の意味する所を瞬時に自然と理解したタロウの視界が怒りで真っ赤に染まる。

人混みから飛び出してきたタロウとプス子の事を、興味も無さそうに見ていた酒場の前に立つ魔物使いの男だったが、タロウの後から人垣を抜けてきたメデ美の姿を見た瞬間、魔物使いの男の目が見開いた。

タロウよりも年上の感じの魔物使いの男は緑色の短い髪に鼻ピアスを付けており、装備は上半身を守るための金属製の立派な鎧に、同じく実に高価そうな鞘に入った長剣を腰から下げている。

その出で立ちから難民街の魔物使いでない事は明らかであった。

その緑髪の魔物使いはタロウを見ながら、小馬鹿にするように口の端を上げて笑みを浮かべる。

緑髪の魔物使いは余裕からなのか、両脇の重装備ミノタウロスをその場に置いたまま近づいてくる。

タロウよりも背が高い緑髪の魔物使いの男は、タロウの眼前まで近づくと眉を少し下げながらまるで蔑む様に見下ろしてくる。

「おい、お前。お前がピンクメデューサを買ったガキか」

「だったら何だ」

タロウのぶっきらぼうな言葉に、緑髪の魔物使いは額に血管を浮かび上がらせる。

「ああん? お前、ここに来たての新人なんだろ? あまり生意気な口を聞くと殺すぞ?」

緑髪の魔物使いがタロウの黒髪を掴んで捻りあげる。

その瞬間、タロウは学生時代の不良達を思い出した。

「(……平凡に生きてきたせいかこういう輩に凄まれると、思わず謝りたくなってしまうな……。でも、元の世界の国では「力」が無くても生きていけたから、とにかく謝ってその場をやり過ごしていれば大丈夫だったけど、この異世界はそうじゃない。力が無ければ、自由も女も金も幸せも手に入らないし、それらを守ることもできない。こういう状況になってあらためてチート能力の有り難みが分かるよ。ありがとう覆面サラリーマン)」

タロウは緑髪の魔物使いを感情の無い目で見上げながら質問をする。

「酒場の中で何をやってるんですかね」

「は? そんなの中から聞こえている通りだろ。元は「鉄獄の檻」の副ギルド長か何か知らねーが、今はただの酒場の女将のくせに、現役の俺達に歯向かった罰だよ。女は女らしくしてろっていう調教さ。俺達、魔物使いは女の調教も好みだからなー。ぎゃははは!」

「……緩慢なる世界(スローモーション)」

タロウは自分以外の世界の時間が息を吐いている間だけ、約10分の1という緩やかな流れになるチート能力を発動させる。

周りがほぼ動かない世界の中でタロウは静かに腰に下げている短剣を右手で引き抜くと、緑髪の魔物使いの首のど真ん中に無造作に突き刺す。

このチートが発動している間にタロウが「普通」に動いた場合、現実世界では約10倍速である。

タロウが普通の動作で刺したつもりでも、そこには10倍の加速が加わっており、それだけの力を込めて突いているに等しい事になる。

それゆえに「緩慢なる世界」の中でのタロウの無造作なひと突きは、まるでバターに熱したナイフを突き入れるように緑髪の魔物使いの首に吸い込まれていく。

タロウは緑髪の魔物使いの首に対して短剣の根本まで突き入れると、息を吐くのをやめて能力を解除する。

「――がべべっ!?」

高らかに笑っていた筈の緑髪の魔物使いの声が汚く濁る。

あまりの一瞬の出来事に緑髪の魔物使いは、自身に何が起きたのかを理解できていないようだった。

だが、周りから見ている野次馬連中は途中経過こそ早すぎて見えなかったが、結果だけは「普通の時間の流れ」に戻っているので十分に理解していた。

騒がしかった野次馬達が息を呑んで静まり返っている。

タロウは自身の髪を掴む緑髪の魔物使いの手を払い、ゆっくりと緑髪の魔物使いの左横を通り過ぎながら、そのまま首に刺した短剣を引き抜く。

短剣が抜けた緑髪の魔物使いの首から真っ赤な鮮血が空中に噴出する。

そして、その場に崩れ落ちる緑髪の魔物使い。

その瞬間、主人の危機を察知したからなのか、酒場の入り口に佇んでいた重装備のミノタウロスが手に携えていた大斧を持ち上げて攻撃態勢に移行し始める。

本当ならば「魔物言語」の力を使って説得してあげたい所なのだが残念ながら事態は緊迫しており、あまりにも時間が無いのでタロウは実力行使に出る決断をする。

「プス子!! 左側のミノタウロスの足を撃ち無力化しろ!! 急所は外してやれ! メデ美!! 右側のミノタウロスの手足を凍らせる事は可能か!!」

「――あい!!」

「――お任せあれ!!」

タロウの命令にプス子とメデ美が即座に動く。

プス子は素早い動きで大弓を2連射すると、重装備ながらもミノタウロスの無防備な部分である左右の太ももを射抜いて無力化させる。

メデ美は「まとわりつけ氷塊!!」と叫びながらタロウから授かった石の王であるエメラルドが仕込まれた木の棒(魔法の杖)を振り上げる。

次の瞬間、右側のミノタウロスの両手足に氷がまとわりつき、みるみる内にそのまま氷塊となって両手足を使えなくしてしまう。

レーデの酒場の周りにいる野次馬連中は今度こそ本当に声を失った。

そのほとんどが魔物殺しなどの対魔物を生業とする者達でありレーデの酒場の常連客であったが、皆、タロウの事はピンクメデューサを購入した「ただの目立ちたがり屋の新人」程度にしか認識していなかったのである。

それが、今、この瞬間、サイクロプスに最も得意な弓矢を撃たせ、ピンクメデューサに最も得意な魔法を撃たせたという事実を前に、野次馬達はなぜあの堅物のレーデがこの魔物使いを気に入っているのかを理解したのだった。

「プス子とメデ美はここで待機!」

レーデの酒場を襲撃したギルド連中についてある程度の予想がついたタロウは、あえてプス子とメデ美に待機命令を叫ぶと、無力化され、その場でうずくまるミノタウロスを通り過ぎて酒場の中に早足で駆け込む。

「――!!」

タロウの目に飛び込んできた光景は、入り口にいたのと同じ見事な鎧に身を包み大斧を携えている重装備のミノタウロスが4体。

そして、レーデが2人の魔物使いの男達に床に押さえつけられてコルセットの上着を剥ぎ取られたのか、あらわになった大きな胸を片方の男にしゃぶられている場面だった。

タロウの顔を見たレーデが気丈に叫ぶ。

「――タ、タロウさん!! こいつらに手を出してはダメよ!!」

レーデの頭の方から両腕を押さえつけている赤髪の魔物使いがちらりとタロウを見る。

もう1人の黒髪で丸坊主の魔物使いは、レーデに覆い被さるように馬乗りになりながらタロウの事など気にもとめず、レーデの大きな胸を「べろりべろり」と舐め続けた後、そのまま乳首に歯を立てて「ぎりり」と噛み付く。

「――うぐっ!!」

その痛みにレーデが表情を歪めながら苦悶の声を上げた。

その様を見た、丸坊主の魔物使いは「へへへ」と愉快そうに笑みを浮かべる。

丸坊主の魔物使いは、レーデを嬲るのに夢中なのか噛みついて歯型のついたレーデの乳首を舌先で転がしながら、レーデの腕を押さえ込んでいる赤髪の魔物使いに目線だけで指示を送る。

その意を理解した赤髪の魔物使いは、タロウに対して威圧的に声をかけてくる。

「おい。何か用か坊主。こちとら取り込み中なんだよ。ケガをしたくなかったらとっとと家に帰りな」

「……あいにく、ここがその「家」なもんでね」

タロウの応えに2人の男の目つきが変わる。

「――タ、タロウさん!! こいつらは「傀儡の魔王」の部下達よ!! こいつらに手を出したらここで生きていけなくなるわよ!!」

レーデの言葉を聞いたタロウは心の中で「やはりか」と納得する。

「――黙ってろメス豚が!!」

丸坊主の魔物使いがレーデの腹部に拳を叩きつけると、レーデは顔を歪めて息を詰まらせた。

丸坊主の魔物使いはレーデの黒髪のポニーテールを掴み上げると、その美しい顔を「べろりべろり」と舐め上げる。

「……ったく、このメス豚が。俺の仲間と魔物奴隷を殺しまくりやがって!! ここで犯しまくった後は連れ帰ってオーク達の玩具にしてやるからな。まさにメス豚ってやつだ。げへへへっ!!」

「……あんたら。元「鉄獄の檻」の副ギルド長にここまでの事をして無事で済むのか? ギルド長である鉄獄のリベエラが黙っていないぞ」

タロウの言葉に丸坊主の魔物使いは「ハハ」と渇いた笑い声をあげる。

「ああん? そうなりゃ戦争するだけだろ。ま、既に辞めた人間の為に自分のギルドを消耗させるとは思えねーけどな。むしろ「負けたほうが悪い」って言うんじゃねーの?」

さも当然という丸坊主の魔物使いの物言いに、タロウはあらためてカルチャーショックを受ける。

だが、それを肯定するようにレーデが、か細い声で応えた。

「そ……そうよ。この世界では「負けるほうが悪い」のよ。だから、タロウさんは何も気にしないで。今なら「まだ間に合う」わ。このまま表に出て故郷の「お家」に帰りなさい。そうすれば、きっとタロウさんの望み通り、のんびりひっそりと生きていけるはずよ」

レーデはこんな状況だというのにタロウに対して優しく微笑みかけてくれる。

そんなやりとりを見ていた赤髪の魔物使いがタロウに声をかけてきた。

「おう坊主。この女とずいぶん仲が良さそうだな。もしかして、ここに泊まっているというピンクメデューサを買った魔物使いの事を知っているか? 俺達はそいつからピンクメデューサを取り返さないとダメでよ。この女は、そんな客は居ないと大暴れしやがったからこの有様ってわけさ。だからよ。教えてくれたら銀貨1枚やるぜ?」

どうやら、レーデはタロウ達を守るために「傀儡の魔王」の部下達に1人で喧嘩を売ったらしかった。

「どうして、ピンクメデューサを「取り返す」んですか。アレは確かその魔物使いが購入したものでは?」

「あれは元々、うちのギルド長が予約していたものなのさ。それを魔物奴隷商のバカが勝手に売っちまいやがった。ま、その魔物奴隷商は既にうちのギルド長がミンチにしちまったけどもな」

赤髪の魔物使いが、ため息混じりで気だるそうに説明する。

その言葉を聞いて、タロウは理解した。

「(……「傀儡の魔王」のギルド長もメデ美を狙っていたわけか)」

タロウも赤髪の魔物使いと同じようにため息をついた。

「(だが、そもそも、こんな事態を招いたのは俺の責任だ。これだけのチート能力を持ち、他人に目立つような魔物奴隷を使役しておきながら、のんびりひっそりと生きていきたいって? それこそ矛盾てなもんだよな……。その結果がレーデさんにこれだけの迷惑をかけてしまったわけだ。こうなった以上、もはや手に入れるしかないよな。この要塞都市の連中が、この酒場とレーデさんに対して、手を出すのを恐れる程度の名声ってやつを)」

丸坊主の魔物使いがレーデの唇を吸おうとする。

それを顔を背けて嫌がるレーデ。

タロウは先程、酒場の入り口に立っていた魔物使いを怒りにまかせて殺してしまったので、流石に情報収集の為に今回は「我慢」していたのだが、それも既に限界に達していた。

タロウは握りしめていた拳を更に握りしめると、心の中で「最低限、聞くことは聞いたよな?」と自分に言い聞かせる。

タロウは自分の言葉に頷くと大きく息を吸い込んで「静かに」吐き出した。

「緩慢なる世界(スローモーション)」

タロウは息をゆっくりと吐きながら、自分以外の世界の時間を約10分の1という緩やかな流れにする。

タロウは丸坊主の魔物使いの横まで「すたすた」と歩み寄ると、おもむろに右足を上げて、その靴裏で丸坊主の魔物使いの頬を蹴りつけた。

丸坊主の魔物使いの頭がタロウの蹴りの力で横に移動し始めた所で、タロウは能力を解除する。

「――がっ!?」

タロウの加速前蹴りが炸裂した丸坊主の魔物使いは、そのまま横に吹っ飛んで転がっていく。

そのあまりにも人間離れした速度に赤髪の魔物使いもレーデも言葉を失う。

「――て、てめーー!!!」

攻撃をくわえられたことを理解した赤髪の魔物使いは、レーデの腕を拘束するのを止めてその場に立ち上がる。

「く……くそが!!」

蹴り飛ばされた丸坊主の魔物使いも、よろよろとその場で立ち上がる。

「ピンクメデューサを買った魔物使いの男の事なら知ってますよ」

「――ああん!?」

丸坊主の魔物使いが声を荒げる。

「や、やめなさいタロウさん!! 死ぬことになるわよ!!!」

レーデがタロウのズボンを引っ張りながら悲痛な声をあげる。

タロウは身に着けている端が擦り切れた黒マントを取ると、膝をついて上半身が裸のレーデに被せてあげた。

涙を浮かべて心配そうにタロウを見つめるレーデに、タロウは優しく話しかける。

「ただの宿泊客である俺に、ここまで優しくしてくれてありがとうレーデさん」

「な、何を言っているのよ。何かあればお姉さんが守ってあげるって言ったじゃない。足の古傷のせいで昔の様にはいかないけれど、約束通りタロウさんのことはちゃんとお姉さんが守ってあげるから」 

レーデは儚い笑みを浮かべながら自分の言った言葉の約束を果たそうと、傷ついた体を無理に動かして立ち上がろうとする。

その凄さにタロウの胸が「ぎゅっ」と締めつけられた。

「(……警察もいない、秩序も無い、自分の力だけが自分を守り、自分こそを優先順位の一番にすることが当たり前であるはずのこんな異世界の中で、俺を守る為に自分の命を懸けてくれるなんて……。そんな約束は、きっと誰も守らないよレーデさん。だからこそ、レーデさんはとても貴重な人間なんだ。こんなに純粋で正義に溢れた女性を失うわけにはいかない!)」  

タロウは立ち上がろうとするレーデの両肩を押さえて制止する。

「大丈夫ですよレーデさん。俺、覚悟を決めたんで」

「……え?」

「のんびりは止められそうにないけれど、ひっそりは今日限りで止めます。それ相応の名声を手にいれる事にします。そして、レーデさんの酒場に手を出せばどんな目にあうのかを要塞都市中に知らしめてやりますよ」

タロウはその場で立ち上がると魔物使いの2人に鋭い視線を向ける。

丸坊主の魔物使いが額に「ビキビキ」と青筋を浮かばせながらブチギレていた。

「……おいガキ。お前、一体、誰に蹴りをくらわせたか分かってんのか?」

「分かってますよ。傀儡の魔王のザコでしょ?」

「ははっ」

丸坊主の魔物使いが楽しそうに一瞬だけ笑うと、即座に眉を寄せて憤怒の表情をあらわにする。

「……とりあえず、ピンクメデューサを買った魔物使いが誰かを聞くために拷問決定な。もちろん、答えても「答えなくても」拷問はやめねーから。小便漏らして泣き叫びながら死ぬまでなっ!!」

丸坊主の魔物使いの言葉は決して嘘ではない。

この異世界の人間なら「確実」にそれをやるのだろう。

その現実を思うと、この異世界がいかに修羅の国であるのかをあらためてタロウは実感する。

だが、タロウは怯まない。

なにせ、怯まなくていいだけの力を与えられてこの修羅の異世界へと来たのだから。

「別に拷問の必要なんてないさ。ピンクメデューサを買ったのはこの俺だからね」

タロウの言葉に2人の魔物使いは小さく首をかしげる。

「中に入って来い。プス子、メデ美!」

タロウの呼びかけに外で待機していたプス子とメデ美が酒場内にゆるりと入ってくる。

特にプス子の後に入ってきたメデ美を見た魔物使いの2人はその目を大きく見開いた。

「お、お前がピンクメデューサを買った魔物使いだったのか!?」

丸坊主の魔物使いが驚きの声をあげる。

「だったらなに」

タロウの抑揚の無い冷たい物言いに、さすがの丸坊主の魔物使いも焦りを見せ始める。

「な、なに強がってんだよ! お前が「見栄」でピンクメデューサを買ったという情報は既に掴んでいるんだよ!! そこいらの魔物使い同様、使役もできねーくせに目立ちたいだけでピンクメデューサを買ったんだろ!?」

丸坊主の魔物使いはメデ美が木の棒を持っている事に気がつくと嬉しそうに声をあげる。

「そらみろ! ピンクメデューサに木の棒なんぞ持たせてよ!! 魔法が得意な種族に木の棒ってショボすぎんだろが!!! ヒャハハハ!!!」

丸坊主の魔物使いはタロウの実力を知った気になり楽しそうに笑うのだったが、ふと何かを思い出したのか笑い声を止める。

「……あれ。そう言えば、酒場の入り口にマドルスの野郎を立たせていたんだが……。まさかあの野郎、仕事もせずにこいつを素通りさせたんだな? おい、マドルス!! お前も中に入って来い!!」

丸坊主の魔物使いが入り口に立たせていた仲間の名前を叫ぶ。

「呼んでも来ないよ。俺が殺したから」

タロウの一言に魔物使い達の表情から感情が消え失せる。

彼等なりにやっとタロウを敵と認識し臨戦態勢に突入したらしい。 

丸坊主の魔物使いは腰から剣を引きぬいて、後ろに待機させていた重装備のミノタウロス2体に指示を飛ばす。

「……ふん。少しばかり剣術があるか、そこのサイクロプスが役にたっただけの話だろ。ピンクメデューサを使役するなんざ不可能なんだよ。うちのギルド長さえ無理なんだからな! おいダンガル! 同時攻撃するぞ!!」

名前を呼ばれた赤髪の魔物使いも、後ろに待機させていた残りの重装備のミノタウロス2体に指示を出す。

4体のミノタウロスが大斧を手にしながらじりじりと詰め寄ってくる。

タロウはズボンのポケットに手を突っ込みながらあえて大仰な態度で仁王立ちをしてみせた。

「メデ美。4体のミノタウロス達の手足を一気に氷漬けにできるか?」

タロウの問いかけにメデ美は唇の両端を釣り上げて嬉しそうに笑う。

「至極、簡単な事でございまする」

「やれ」

「――おまかせあれ!」

メデ美は蛇の胴体をせり上げてプス子よりも身長を伸ばし、天井につかんという所まで背伸びをする。

魔物使いやミノタウロス達を見下ろす形になったメデ美はふんわりとウエーブのかかった艶やかなピンク色の髪を、自身と同じようなピンク色の鱗を持つ何十匹もの野太い蛇に変化させる。

「――多重処理詠唱(マルチプルロード)!!」

メデ美がそう叫ぶと野太い蛇達が大きく口を開けて、一斉に同じ魔法を詠唱し始める。

「――汝等よ!! 囚われるがいい!! 極寒の氷塊にっ!!」

メデ美と髪の蛇達が一言一句同じ魔法の言葉を一斉に叫ぶと、ミノタウロス達の手足が氷塊に包まれ、その場から少しも身動きがとれなくなり無力化される。

「――なんだとっ!?」

ピンクメデューサが最も得意とする多重詠唱を使用した事に、丸坊主の魔物使いは口をあんぐりと開けで驚愕する。

それは赤髪の魔物使いやレーデも同じであった。

「メデ美。あの丸坊主の魔物使いには手足ではなく「頭」に氷塊を作ってやってくれ」

その言葉を聞いた丸坊主の魔物使いは「ひぃぃ!!」と情けない声を上げる。

「――ま、待て待て待て!!! お、俺に手を出せばギルド長である魔王ギリシュ様が黙っていないぞ!? 全戦力を持ってこの酒場を焼き払い、その女も魔物達の餌にされてしまうぞ!!!!」

丸坊主の魔物使いの言葉を受けてタロウはしらけた顔で応えた。

「……あんた如きが死んだだけでそのギルド長様が動くのかな? というか、俺がピンクメデューサを本当に使役できていると知れば、自分のギルドを消耗させる為に動くとは思えないけどなー。むしろ、あんたの様なザコが死んだだけなら「負けたほうが悪い」って言うんじゃないの?」

タロウは丸坊主の魔物使いが言っていた理論を使って言い返す。

それは、あながち外れでは無かったらしく、丸坊主の魔物使いの顔から一気に血の気が引いていく。

「宜しいのですかタロウ様?」

「ああ、やってくれ」

タロウの躊躇ない返事に丸坊主の魔物使いは金切り声をあげるが、即座にメデ美の魔法で頭全体を氷塊で覆われてしまうと、もはや声を出すことが出来ずにその場で倒れこみ、氷塊を手で削り取ろうともがいたり、両足をジタバタとさせたりした後、ピクリとも動かなくなってしまう。

丸坊主の魔物使いは、頭全体を氷塊で覆われたせいで呼吸が出来なくなり窒息死してしまったのだった。

その無様かつ酷い死に方を見た赤髪の魔物使いは、その場にペタリと尻餅をついてしまう。

タロウはその赤髪の魔物使いの側にゆっくりと歩み寄ると、冷たい眼差しで見下ろした。

赤髪の魔物使いは慌ててその場で正座すると、タロウの靴にすがりついて涙ながらに命乞いを始める。

「――お! お願いします!! どうか命だけは!! 命だけは助けてください!! ただ、ギルド長に命令されて来ただけなんです!! ピンクメデューサを奪い返して来いと命令されただけなんです!! 少し脅すつもりが、この酒場の女将が本気で抵抗してきて、やむをえず戦闘になってしまって、そしたら仲間や魔物奴隷が殺されて、俺達も後に引けなくなっただけなんです。俺個人は何の恨みもないんです!! ギルドも辞めますから、二度と近づきませんから、助けて下さい助けて下さい助けて下さいぃぃぃ!!」

赤髪の魔物使いは顔中から汁という汁を垂れ流しながら、タロウに命乞いをする。

だが、もしも、立場が逆で、タロウがこれだけの命乞いをしても、この男はきっとタロウを助けてはくれないだろう。

だから、タロウもこの男を許すつもりは微塵も無かった。

しかし、この男にはある役目を担わせる予定ゆえに、タロウは丸坊主の魔物使いと一緒に殺さなかっただけなのだ。

「あんたは、この現場の生き証人になってもらう。俺がピンクメデューサを本当に使役できていることを、あんたらのギルド長に報告しろ。そして、今、自分で誓った通りにギルドを辞めろ。そうすれば命だけは助けてやる。もし、誓いを破って要塞都市にいるようなら、その時は必ず追い詰めて殺す。分かったか」

「――はいっ! はいっ! はいっ!」

赤髪の魔物使いは何度も何度も大きく頷いた後、腰が抜けているのか四つん這いのままで床を這うように酒場から逃げ出して行く。

静まり返った酒場の中でタロウは大きくため息をつくと、床に座ったままのレーデが心配そうにタロウに声をかけてくる。

「これじゃまるで「宣戦布告」じゃない……。本当にこれで良かったのタロウさん?」

タロウは小さく肩をすくめる。

「……良いんですよこれで。向こうも俺の力が分からないからこそ、気軽に手を出してしまったんでしょうからね。これだけド派手にやれば抑止力は働くでしょ。それでも来るようならその時はギルドごと潰しますよ」

タロウはレーデに苦笑いを浮かべながら応える。

「い、いくらタロウさんでも、三大ギルドの一つをたった1人で潰すなんて無理に決まっているじゃない!!」

タロウの軽口にレーデが真剣に怒る。

「いや、ほんと大丈夫ですから。今度は俺がレーデさんを命を懸けて守りますから。それに、今のメデ美の力を見てたでしょ? 更にはプス子もいますし負けませんよ」

「……ほ、本気なの?」

「ええ、本気です」

「ただの宿屋の女将というだけで私を守ってくれるというの?」

「ええ、守りますとも。レーデさんもただのお客の俺の為に命を懸けてくれたじゃないですか。俺は受けた恩は、きちんと返す男ですから」

「あ、ありがとう……。ありがとうっ!!!」

緊張の糸が切れたのか、あの気丈なレーデが涙を浮かべながらタロウの胸にしがみついてくる。

その体は乱暴されかけた恐怖からか小さく震えていた。

タロウはレーデの体を優しく抱きしめると見た目通りのほっそりとした体つきに驚く。

「(……こんなに女性らしい細い体なのに足の古傷というハンデまで背負って、重装備のミノタウロス4体と三大ギルドに所属する現役の魔物使い2人をたった1人で血祭りにあげるとは、さすがは「鉄獄の檻」の元・副ギルド長なんだな。俺なんかチート能力が無ければ無様に死んでるよ……)」

腕の中で小さく震える1人のか弱い女性を抱きしめながらタロウは決意する。

「(こういう使い方は卑怯で嫌だったんだけど、もしもの時は、時間を止めるチート能力で「暗殺」してでも「傀儡の魔王」のギルド長を殺してやるさ!!)」

レーデと憩いの酒場兼宿を守りぬく為にタロウは全力をもって戦う事を誓うのだった。
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