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よあけの部屋

□ 魔物娘たちの御主人様! □

第17話 タロウ頑張る

タロウは難民街を抜けそのままコロル大荒野に出ると、そこから10分ほど更に歩き、人影が無い場所までピンクメデューサを連れて行く。

難民街の中では一般人は何も知らないせいか、ピンクメデューサを見ても大した反応はなかったが、魔物に関する職業の者はだいたいが驚愕の表情を浮かべてタロウとピンクメデューサを呆然と眺めていた。

難民街の中では落ち着いて話が出来ないと考えたタロウは、人影の無い大荒野までピンクメデューサを連れ出したのだった。

タロウは程よい大きさの岩の上に腰を下ろし、ピンクメデューサと向かい合う。

「プス子は俺の後ろにいな」

「あい」

プス子はタロウの後ろに立ち、タロウを守るためなのか左腰にさげているメイスの柄を右手で握り締めている。

プス子は大きな単眼をまばたきもせず、無表情のままピンクメデューサを見つめていた。

そのプス子の目をピンクメデューサは眉根を寄せ、目をギョロリとさせて睨み返している。

先程の檻の中で人間達に向けていたものと同じ、般若のお面さながらの極悪な形相だった。

「……プス子、大丈夫だから。そのメイスから手を離しなさい」

「あ、あい」

タロウに促され、プス子はしぶしぶメイスから手を離す。

実に落ち着いた物言いのタロウだが、当然、内心ではびびりまくっていた。

「(こえー!! あの目はマジでこえーよ!! 睨みだけで相手を殺すぐらいの勢いだぞあれ!! 格好つけてプス子にああは言ったけど、本当はメイスを抜いて構えて欲しいぐらいだっつーの! でも、それじゃあ相手の心と「対話」することができないんだよな。くそー。対話のチートなんて持ってないのに! 結局、事の本質になると俺自身の力が問われるわけか!!)」

タロウはため息を吐き捨てながら俯くと、右手で額を揉み揉みする。

「(最悪の場合は、俺の女殺しセットで骨抜きにすることもできるが、なるべく、それだけは避けたい。お互いの信頼関係の元でラブラブかつド変態Hこそが最高だもんな。となると、やはりお互いに理解しあう「対話」しかないわけだ。しかし、そもそも話が通じる相手なのか? いや、通じる。通じるはずだ。 先程の「俺の言葉を聞いた時の反応」を見た限りでは、意思の疎通の余地は十分にあるはずなんだ。なら、後はその話の内容だ。あーもう、考えろ。考えろ。考えろ。どういう話で納得させるか考えろ俺!)」

タロウは俯きながらしばらく1人で唸った後、意を決したのか「ふっ!」と息を短く吐くと、俯いている顔を上げて真剣な表情でピンクメデューサを見る。

「あんた、俺の声が聞こえていたよな?」

その問いかけにプス子を睨み殺そうとしていたピンクメデューサが、タロウに視線を移す。

しかし、タロウの事は睨まず無感情な目線だけを向けてくる。

「先ほどの魔物奴隷商の前で俺があんたを「買う」と叫んだ時、あんたは俺の言葉を「理解」し、そして驚いていたもんな。更にその後、あんたの顔を拭く時も俺の言葉を理解して唸るのを止めてくれたはずだ」

ピンクメデューサは無感情な目線だけをタロウに向け続けている。

「俺は人間だが、あんたら魔物と話せる力を持っている。どうしてか。と思うだろうが生まれた時から話せるんだから仕方がない。あんたら魔物もそれぞれ人間には無い力を持っていることだし、今更、俺の特殊能力に疑問を持つのは無意味だと俺は思う」

タロウは話を有利に進行させる為についても大丈夫な「嘘」を織り交ぜながら話を進める。

「でだ。あんたは人間に捕まり魔物奴隷として売られていた。というのは建前で、この世界の「魔物使い」では、強力なあんたを従えさせるのは無理らしい。それゆえに、あそこで見世物にした後は、あの魔物奴隷商の人間があんたを殺処分し、店の看板として「剥製」にする予定だった」

タロウの説明にピンクメデューサの眉がぴくりと動く。

「そんな殺される運命のあんたを見て、俺は「救いたい」と思った」

タロウは話の間を作るために、こめかみを右手の人差し指でぽりぽりと掻きながら、深呼吸を1回だけすると話を続ける。

「なあ、その猿轡(さるぐつわ)を外すから、どうか俺と話をしてくれないかな? もし「魔法」とかが使えるなら。どうか、そういうのは止めてくれ。俺はただ、あんたと話をしてみたいんだ。話をしてくれるなら頷いてくれると助かる」

タロウは、じっとピンクメデューサの目を見つめる。

ピンクメデューサも、じっとタロウの目を見つめ返してくる。

数秒の後、ピンクメデューサは小さく頷いた。

「……ありがとう」

タロウは礼を言いながら岩から腰を上げると、ピンクメデューサの猿轡を外し、内心ドキドキしながら、また岩に腰を下ろす。

ピンクメデューサは先が二つに裂けた長い舌をちろりと出した後、人間程度の長さまで元に戻して、自分の唇をぺろりとひと舐めする。

「……あなにくしや人間よ」

一体、どんな言葉が聞けるのかと思っていたタロウだったが、いきなりのドスの効いた「呪詛」に背筋が凍りつく。

「(――いきなりこれか!?)」

一瞬、魔法の詠唱なのかとタロウは焦るが、どうやら、そういう行為では無いことはすぐに分かった。

先程のドスの効いた呪詛とは打って変わり、凛とした高貴な女性の声でピンクメデューサは語りだす。

「我が生まれてより120年。初めて見る魔物語を操る面白き人間よ。そなたの真の目的を述べよ」

暗い瞳でタロウを見下ろすピンクメデューサ。

「(……120歳。 ピンクメデューサは長寿種か。ま、大事なのは見た目だよな。これだけ若々しいなら何百歳とか関係ないない)」

タロウは「120歳」というピンクメデューサの年齢を華麗にスルーする。

ファンタジーにおいて長寿種というのは往々にして存在し、オタクなタロウにとっては特に驚く程の事ではなかったので、そのまま話を続ける。

「あ、いや。だから、あんたを助けて、できれば俺の魔物奴隷になって、側に居て欲しいなー……と。俺は魔物使いだからさ。あんたみたいな強い魔物が助けてくれると、とてもありがたいんだ」

「ククク……何を世迷言を。我等ピンクメデューサの一族は、この世界において日陰の者。その強力な力ゆえに人間と魔物より「化物」と蔑まれし者。ゆえに我等もまた人間と魔物を蔑み憎む者なり。そんな我を助けたかっただと!? 魔物奴隷として側に居て欲しいだと!? アハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

顔を天に向けて狂ったように笑い声をあげるピンクメデューサ。

「……」

タロウは腹をよじり笑い声をあげるピンクメデューサを静かに見つめる。

「魔物語を操る珍しき人間よ。冗談はそこまでにしておくれ。我等はこの世界の神々からも見捨てられし存在。人間と魔物に命を狙われて虐殺され尽くし、我等の一族は既に滅びたも同然。そうなるまで、一度たりとて誰の救いも無く、天に住まうはずの神々の救いすらも無かったのだ。そんな我が今更、人間に助けられるだと!? 人間に求められるだと!? あり得ない! そんな話は断じてあり得ないのだ!!!」

「でも、ここにいるじゃん。あんたを求める人間が」

「――っ!?」

タロウの言葉にピンクメデューサはしばらく呆然としてしまう。

だが、その呆然とした事が恥ずかしかったのか、真っ白い肌の顔を真っ赤にすると、そのまま眉根を寄せて、とても怖い顔をする。

「……なるほど。この身をいたぶるだけでは飽きたらず、この心までも弄び破壊しようというのだな!!! なんという恐ろしき人間よ!!! 我の心をいたぶり、さぞ面白かろう!!! さあ、先ほどの人間達の様に笑え!!! 我の無様な姿を見て笑うがいい!!! それでお前の気が済んだのなら、早く我を殺せ!!! 例え我はここで死すとも、神々も人も魔も、この世の全てに我が憎しみの呪いをかけてみせようぞ!!!」

ピンクメデューサはボロボロと涙をこぼしながら絶叫する。
それは、もはやヒステリーと言っても過言ではない過剰な反応だった。

「(さっぱり話がみえん……)」

ピンクメデューサはタロウに向かって「人間めー!!」「呪ってやるー!!」と泣き喚き散らしている。

タロウは腕を組んで首を捻る。

「(そもそも、この異世界での人間に虐げられる魔物という基本的な構図ではなく、人間と魔物の両種から忌み嫌われ、襲われ続けた一族というわけなんだよな……)」

タロウは、とりあえず疑問に思った事を聞いてみる。

「あんたらピンクメデューサは人間や魔物に何かしでかしたのか?」

タロウは経緯を知る為に軽い気持ちで聞いたのだが、この質問を「きっとピンクメデューサの方が悪い」という風に解釈したピンクメデューサは、泣き喚き散らすのを何とか我慢して目に涙を貯めたまま細い眉をつり上げると、甲高い声で絶叫する。

「――我等を侮辱するのか人間よ!! 我等は温厚な一族だ!! こちらから一度たりとて手を出したことは無い!!」

その「言い方」にタロウは直感する。

「……ああ、うん。つまり「手を出された場合」には?」

「――完膚無きまで叩き潰すに決まっておろう!!」

「(……あー、うん。たぶん原因はそれだな)」

タロウは項垂れながら眉間を指先で揉み揉みして思考を整える。

「(……どんな理由にせよ原因が無いわけではないんだよな。襲われた側が反撃するのは当然なんだろうが、どうもピンクメデューサの一族はあまりに強すぎて、全ての種族から危険視されてしまったのだろうな。暮らしやすい世の中にする為には、危険な種族を排除するという目的で皆が自然と一致団結してしまったわけだ……)」

タロウは顔を上げるとピンクメデューサに声をかける。

「あんたらは他の種族と交流してたのか?」

「……そ、それは……あまり、しない。怖がるといけないから……」

ピンクメデューサは悲しそうな表情でそう呟く。

その一言を聞いたタロウは、またも大きなため息を一つ吐き捨てた。

「(……完全な裏目じゃんそれ。他種との交流を絶ってしまったせいで噂が一人歩きして、ピンクメデューサへの「畏怖」が膨れ上がったに違いない。結果、その「畏怖」で一族は滅び、今も尚、彼女を苦しめているわけだ。もはや、彼女の憎しみは世界にまで向けられ、今や神々さえも呪う始末。ま、そりゃそうだよなー……。そんな目にあえば「世界憎し」になるよなー……)」

「――我等は何も悪いことはしておらん!! 何もしておらんのだっ!! なのに、どうしてこれほどの酷い目にあわねばならんのだっ!!!」

タロウは、またも泣き叫び始めたピンクメデューサを前に、眉間にシワを寄せて目を「ギュッ」と閉じると唸る。

「(今の彼女はこの世界に絶望しすぎたせいで超ネガティブモードだ。こんな状態では話すらまともにできない。彼女の凍てついた冷たい心「そのもの」なら、これから時間をかけて温めていく事はできる。だが、今はその心が分厚い氷の中に収まっているのでは温めようが無い。まずは、その氷を打ち砕かないと。うーん、何をすれば、何を言えば、彼女の心を絶望の氷塊の中から救えるのだろうか……)」

タロウは目を閉じ腕を組んで思案しようとするが、ピンクメデューサがタロウに向かって「我を殺せ!!」と叫び続けているせいで集中できない。

タロウは両耳に人差し指をずっぽりと差し込んで、耳栓代わりにするとピンクメデューサの叫び声を聞き流す。

「(そういえば、先程、狼狽してから急に怒りだしたよな……。なんでそうなったんだっけか……)」

タロウの頭に自分の言葉が思い返される。

(「でも、ここにいるじゃん。あんたを求める人間が」)

自分が言ったその言葉を思い出しながらタロウは考える。

「(この言葉のどこに彼女を狼狽させるものがあったんだろうか……。えーと、なんだっけ。そもそもどうして俺はこう言ったんだっけか。確か……、彼女が自分を助けた理由を聞いてきて、それを俺が「側に居て欲しい」と言ったら「そんな冗談はやめろ」という事になって、いやいや、本当ですよと言えば、いやいや、そんな話あるかとなって……。ああ、そうか……。つまり「水掛け論」なわけだ。助けたのは側に居て欲しいからだ。と俺が言えば、そんな話はあるわけがない。と否定する彼女という訳か)」

タロウはピンクメデューサが喚き散らす中で、何とかそこまで頑張って思考を整理すると何となく問題の本質が見えた気がして、心に光が差すような高揚感を覚える。

「(……なるほどー。今までの俺と彼女のやり取りは「水掛け論」なわけか。そうかー。そういう事なのかー。つまり、彼女は自ら望んで「世界の嫌われ者」になったわけではないんだよな。いつだって彼女は望んでいたんだ。自分が「誰かに望まれる」ことを。でも今や絶望しすぎてしまって、俺が、どれだけ「貴方が欲しい」「貴方を望んでいる」と言っても、それを信じることが出来ないわけだ。となれば、俺がすることは変化球ではなく直球勝負となるわけか)」

タロウは心の中で「なるほどー」と自分で感心しながら納得すると、目を開けて耳栓を解くと岩から腰を浮かせて立ち上がる。

ピンクメデューサはその動作を見て更にがなり立てる。

「――やっとその気になったか人間め!!! さあ、その腰の短剣で我の胸を刺せ!! 我とて人と同じ「心の臓」で動いておる!! 我の魔力が尽きて弱っている今のうちに殺さねば即座に我がお前達を殺してしまうぞ!!! さあ、早く殺せ!!!!」

タロウは腰の短剣を引き抜くと、勢い良く振りかぶって明後日の方角に放り投げる。

「――!?」

タロウの予想外な姿を見て、さすがのピンクメデューサも声を失う。

ピンクメデューサの心に生まれた隙間に、タロウは自分の言葉を即座に叩きこむ。

「なあ、あんたが望むものってなに?」

まるで、友達に語りかけるような自然な物言いでピンクメデューサに語りかけるタロウ。

心の隙を突かれたピンクメデューサは思わずタロウの話に返答してしまう。

「わ、我が望むもの?」

「そうそう。あんたが一番に欲しいものってなに?」

「そ、そんなものなど何も無い!!」

「あるでしょ。ずっとずっと願ってきて、そして手に入れる事ができなかったもの」

「――そんなものは何も無い!! もし、そんなものがあるとすれば、我は神々、人間、魔物が苦しみながら滅び、この世界が無くなる事を望んでいる!!!」

「それは上辺であって本質じゃないだろ。大事なのは、どうしてそう思うに至ったか。つまり、あんたが何を望み、そして「絶望」したのかってことだよ」

こういう心の問題は本人すらも分かっているようで分かっていない事が往々にしてある。

「毎日が辛いな」という漠然とした感情があったとして、「なぜ辛いのか」と自己を問い詰め続けて初めて本当の原因が分かるのと一緒だ。

本人が自ら答えを出さねば、その解決法もまた見つからないのである。

タロウは焦る気持ちを落ち着けながら、タロウ自身が辿り着いた答えに誘導するべく、ピンクメデューサの目をじっと見つめ続ける。

「わ、我が望み、叶わず、そして絶望したもの? あ……あぁ……」

タロウの推測は間違っていなかったのか、明らかにうろたえた姿を見せるピンクメデューサ。

「ほれ。そこが一番大事なんだから聞かせてくれよ」

「わ……我は……。世界の全ての者から忌み嫌われし者。蔑まれし者。神々からも見捨てられし者。我は何も望んだ事はない。ただ誰も我を必要としないから我もまた誰も必要としないだけだ……」

「つまり「誰かに必要として欲しい」んだな?」

「――っ!!!!!」

タロウの一言があまりにも衝撃だったのか、ピンクメデューサは口をあんぐりと開けて呆然としている。

タロウは話の方向性が正しい事を確信すると「覚悟」を決める。

「(――よし! 俺の答えは正しかった! なら、あとは直球勝負のみ! 俺がどれだけ心から本気で彼女を「求める」事ができるかだ!! ただし、先程までの様に普通の言葉ではきっとダメだ。彼女の心が囚われている氷壁を溶かし崩す程の情熱的かつ甘い言葉こそが大事なはず!!)」

タロウは、自分でそう考えておきながら、とても重大な事に気がついてしまう。

「(――ちょ、待って待って待って!! でも、それっていわゆる「告白」と同じ意味だよねっ!? マジですかおい!!?? 俺、生まれて今まで女性に本気で告白なんて一度もしたことないんですけどもっ!! しかも「好きなんだ」とかいう一言ではダメで、情熱的な愛の告白をしなくちゃダメなんだよな!!?? というか、情熱的な愛の告白って何さ!!?? 全くもって意味が分からん!!! ええ!? なにこれ!? やだやだやだ!!! 俺、今から彼女に一度もやったことの無い情熱的な愛の告白とやらをしなきゃダメなのーっ!!?? ぐわー!!?? 誰か助けてー!!!!!)」

タロウは心の中で悶絶する。

ピンクメデューサはタロウに確信を突かれて茫然自失。

タロウは己のこれからやるべきことに気がついて茫然自失。

お互いに呆然と立ち尽くす、ピンクメデューサとタロウの二人。

しかし、所詮は覚悟の問題であるタロウの方が立ち直るのが早かった。

「(――ああもう!! どれだけ悩もうが、やるしかないんだ!! こんなヒステリックな状態の彼女を連れて歩くことは出来ないんだからな!! ここでがっつりと決着をつける!!! さあ!! やるぞタロウ!!! 人生初の情熱的な愛の告白をやりきってみせる!!! というか、やるしか道は無いんだぁぁぁーっ!!!!)」

タロウは背筋を伸ばし、平凡な顔のくせに美男子風に柔らかな微笑みをその顔に浮かべると、ピンクメデューサの目を情熱を込めた瞳で見つめる。

そして、作家の端くれらしくありったけの甘い言葉を芝居口調で語り始めた。

「……なるほど。貴方を蔑む人間や魔物は実に見る目が無い。いや、この世界の神々と同じく、きっと貴方のその力と美しさに嫉妬を覚えたのだろう」

「……な、何を言って!?」

タロウの雰囲気と口調が変わったことにピンクメデューサは面食らっている。

「そのままの言葉通りですよ」

タロウはそう囁きながらピンクメデューサに近づくと背後に回る。

「な、何をするつもりだ!?」

「心配はいりませんよ。ただ、貴方を縛る鎖を解いてあげようと思いまして。だからじっとしていて下さい」

「……え?」

タロウはピンクメデューサの体の鎖と腕の鎖を取り外そうとするが、手が震えて上手くいかない。

「(……おいおい、なんだこの震え。まるで童貞が初Hの時に彼女のブラを外す時ぐらいの緊張感だな。あ、でも俺は人間童貞なんで、そんな経験は無いんですけどもねっ!)」

タロウは自分を揶揄して心を落ち着けると、震える手を何とか動かして鎖を見事に外しきる。

音を立てて地面に落ちる鎖の束。

タロウはゆっくりとピンクメデューサの前に移動すると、鎖から解き放たれたピンクメデューサの白い肌を見つめながら優しい声色で褒め称える。

「……なるほど。やはり、神々が嫉妬するわけだ。その肌は透き通るように白く、実に美しいのだから」

「……っ!?」

タロウの歯の浮くような台詞は、人間の女性に聞かれでもしたらきっと鼻で笑われてしまうことだろう。

しかし、ピンクメデューサには、この「褒め言葉」というものへの免疫が微塵も無かった。

今まで全ての者から蔑まれて生きてきた彼女にとって、タロウの口から出てくる美辞麗句は、もはや魔法と同じ力を有していると言っても過言では無い。

ピンクメデューサは顔を真っ赤にして鎖から自由になった腕を自分の体を抱くように交差させると、今まで平然とあらわにしていた筈の豊かな胸を慌てて隠す。 

「その淡いピンク色の鱗も、俺の故郷の花である「桜」に似て実に美しい。桜を見ると優しい気持ちになれる。そんな花の色を持つ貴方だ。きっと、その心もお優しいに違いない」

タロウは心の中で「ぎゃー!! 恥ずかしい!! 死ぬー!!」と叫びながらも、まるで貴族のような身振り手振りで褒め言葉を並べ立てながら、平凡な自分の顔を一生懸命に美男子風に装って微笑んでいる。

ピンクメデューサは下半身の蛇の胴体部分を褒められた事に照れたのか「くるくる」と、とぐろを巻いて縮こまる。

タロウは自分の体を抱きしめたまま顔を真っ赤にして俯いているピンクメデューサの丸坊主頭を撫で撫でしてあげる。

「ああ、なんと可哀想に。きっと綺麗なピンク色の髪であったろうに、こんな無残に切られてしまって。でも、また伸びるのだろう?」

タロウの問いかけにピンクメデューサは俯きながら少女の様に「こくん」と小さく頷く。

「それは良かった。長い髪の貴方はきっと更に美しいのだろうな」

もはやピンクメデューサの顔は、火が出るのではというぐらいに真っ赤になっている。 

しかし、顔から火が出そうなのはタロウも同じだった。

「この世界の人間と魔物と神々は実に馬鹿揃いだ。だが、俺はそんな奴等とは違う!! 素直に貴方を認めよう。貴方は実に美しい。そして強い。どうか俺の魔物奴隷になってはくれないか? 俺は貴方の美と力を「心より必要」としているんだっ!!」

ピンクメデューサは顔をゆっくりと上げると、信じられない物でも見るかのようにタロウの顔を凝視する。

「……そ、そなたは本当に我が欲しいのか?」

「――ああ、欲しいっ!!」

「で、でも我はピンクメデューサだぞ!? 人間も魔物も我を毛嫌いし、殺そうとしてきた厄介者なのだぞ!? し、信じられぬ!! そなたの言葉など信じられぬ!!」

ピンクメデューサは「いやいや」と少女の様に顔を左右に振り、タロウの言葉を拒絶する。

「(むぐぐ……。これだけ頑張っても水掛け論のままなのか!? この前のプス子の時は「説得」みたいな感じだったし、一体、どうしたら正解なんだ!? どうやったら女性は納得してくれるんだ!? 素直にこのまま押せばいいのか!? いいのんかぁぁー!?)」

タロウは半分パニックになりながらも平凡な顔のくせに、美男子風の微笑みを浮かべたままピンクメデューサを見つめている。

ピンクメデューサは頬を赤らめながらもタロウの目を見つめ返しており、タロウの次の言葉を待っているかのようだった。

タロウは何とか期待に応えるべく、己の中にあるボキャブラリーを総動員して台詞を紡ぎ出す。

「――た、例え貴方がピンクメデューサであろうとも、俺の思いは変わらない!! 俺にとって貴方の強さと美しさは真実なのだから!!!」

ピンクメデューサは生まれて初めて聞く自分を褒め称える言葉の波にうっとりと酔いしれている。

そんなピンクメデューサの表情を見てタロウは確信する。

「(――よ、よし!! このまま押し続けるのが正解なんだな!!)」

タロウは自分の言葉で酔いしれているピンクメデューサを仕留めるべく、より感情を込めて情熱的な愛の告白を爆発させようと試みる。

タロウは勢いよく握りこぶしを天に突きつけると、天に向かって絶叫する。

「――おお!! 神々よ!! なぜに彼女を見捨てたもうたのかっ!!! そこまで彼女の強さと美しさが妬ましいのか!!! ならば神々よ!! 私は貴方達の思いに反逆しよう!! 私と同じ人間達が彼女を忌み嫌おうとも、彼女と同じはずの魔物達が彼女を忌み嫌おうとも、そして貴方達、神々ですら彼女を忌み嫌おうとも、私は彼女を必要とし心より求める!!!」

もはやオペラかというぐらいの長台詞をタロウは天に向かって叫んだ後、最後の決め台詞をピンクメデューサの瞳を見つめながら叫ぶ。

「――この世の全てが貴方を卑下しようとも、私だけは高らかに叫ぼう!!! 貴方は強く気高く、そして美しいとっ!!!!!」

タロウが決め台詞を言い終えた瞬間、ピンクメデューサはその身を小刻みに震わせ、目は大きく見開き、みるみるうちに赤みを帯びて潤ませると、そこから大粒の涙を溢れこぼす。

ピンクメデューサはすぐに両手で顔を覆うと、そのまま体をくの字に折り曲げて泣き崩れた。

「――あぁぁ!! うあぁぁぁぁぁっ!!!」

絶叫に近い泣き声を上げるピンクメデューサ。

「(……あ、あれ?)」

タロウはピンクメデューサの反応に焦る。

タロウのシナリオではここでピンクメデューサが「貴方にどこまでもついて行きますぅ!」と言ってくれる予定だったのだが、なぜかピンクメデューサは、おいおいと泣き止まない。

「(……ど、どうしよう。こういう流れになるとは思ってもいなかったぞ。す、少し調子に乗りすぎたか? どうしようどうしよう。このまま泣き止むのを待てば元のシナリオに戻るのだろうか?)」

タロウはキョロキョロと目を泳がせながら悩んでいると、ピンクメデューサは顔を覆っていた手を下ろし、今も尚、両目から滝の様に涙を溢れ流しながら、タロウから少しだけ後ろに下がって離れる。

そして、その場で上半身をギリギリまで地面に下ろし、体を折ってそのまま額を大地に付け、両手を伸ばして手の平を天に向けたままの姿をとる。

その姿はまさに「神」を崇めるような所作だった。

「(……え? あれ? なにこれ?)」

ピンクメデューサの所作にタロウは焦るが、時は既に遅かった。

「おお……我が主よ。我が王よ。いえ、我が求めたる唯一の「神」よ。世界の誰にも望まれぬこの卑しき身を、神々さえをも敵にまわしてまでも貴方様が「欲して」下さるのならば、我は喜んでこの身を捧げましょう。ああ、我は今ここに得たり。我の「生きる意味」と「死ぬ意味」を。我の体と魂は貴方様の為に生き、そして死んでみせまする。どうか、どうか、この卑しき蛇めをいつまでもお側に置いて下さりませ」

「――ぶふぅぅぅぅっ!!??」

タロウは顔を横に背けて吹き出す。

「(俺の事を「神」とか言ってるよ!? 信仰の対象にされちまったよ!?)」

顔だけを上げたピンクメデューサが焦るタロウを見て心配する。

「神よ。いかがなされました?」

「(――もはや俺の呼称は「神」かい!!!)」

タロウは後ろに控えているプス子に振り返ると、プス子は大きな単眼から涙をこぼしながら「うんうん」と1人頷いている。

どうやらタロウとピンクメデューサのやりとりに感動したらしい。

「さすがはタロ様なのです。私にとってもタロ様は「神」なのです!」

「(――ええい! お前まで「神」とか言うな!! 話がややこしくなる!!)」

タロウは慌ててピンクメデューサに振り返ると、その過剰な対応を訂正させようと試みる。

「だめだめだめだ!! 俺は神なんかじゃ無い。ただの人間だ。尊敬してくれるのはありがたいが、神などと呼ばれると人として道を踏み外す」

「で、でも……」

ピンクメデューサが悲しそうに眉を下げるのでタロウは少し逡巡する。

「(……まいったな。調子に乗ってオペラ劇みたいな事をしてしまったせいか、話が変な所まで行ってしまったぞ。でも、彼女にとっては、俺のオペラ台詞こそが琴線に触れたんだよな……。とはいえ、さすがに俺自身が「神」と呼ばれるのは気持ちが悪い。……だが、しかし、だ。俺の事を「神」を信仰する並に慕ってくれるというのは、忠誠心としては悪くないんだよな……。わざわざ高まった忠誠心を落とす必要もないか……)」  

タロウは呼び名だけを変えるように命令する事にした。

「俺をどう思うかは自由だ。ただし、俺にはタロウという名前がある。だから、これからは「タロウ様」と呼ぶこと。これは命令だ」

「は、はい!」

ピンクメデューサは嫌われまいとするからなのか素直に大きく頷く。

「さ、いつまでも頭を下げてないで立ち上がりな」

タロウはピンクメデューサを立ち上がらせる。

「ところで、あんたの名前は?」

「わ、我の名は「ラルラテスシーリア」と申します」

「うん、覚えられそうだけど今日から「メデ美(めでみ)」な」

プス子に引き続き、実に安直な名前を付けるタロウ。

タロウが新しい名前を告げた瞬間、ラルラテスシーリアは、またその場で額を地につけて、両手を伸ばして手の平を天に向けたままの姿をとる。

「――ははぁぁ!!! 我のような卑しき蛇めに名前を与えて下さるとは!!! なんと光栄な事でありましょう!!!」

「――ぶふぅぅっ!?」

タロウはまたも顔を横に背けて吹き出す。

ラルラテスシーリアにとっては神であるタロウからの命名なので、とにもかくにも嬉しくて堪らないようだった。

ラルラテスシーリアはその場で起き上がると、夢見る少女の様に「ぽわぽわ」とした表情で、両手を胸前で組んでタロウを見つめている。

「タロウ様から頂いたお名前! メデ美メデ美メデ美……。はぁ……なんと素敵な響きなのでしょう。我は今、この時、まさに生まれ変わったのですねっ!!」

信仰心のこもった熱い視線にタロウは顔をひきつらせる。

「う、うん。今日から宜しくねメデ美」

「――はい、タロウ様!!」

今までの人生で積もりに積もった世の中への恨み辛みがひとまずは消し飛んだのか、先ほどのような憎悪に満ちた表情は消え失せ、満面の笑みを見せるメデ美だった。
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