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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第17話 編入生

 午前の授業を前に学園2年生の生徒達は、既に教室の席に座りユズコ先生が来るまで、いつも通りの歓談を自由に交わしている。

 ムスロは最下層の人間が座る場所という、学生達による暗黙の取り決めがなされている最前列の席のど真ん中に堂々と座り、その右隣には中騎士家であるはずのウェンダリが座っている。

 ムスロの左側になる端の壁側には、メイが自身の存在感を消すようにひっそりと座っていた。

 ウェンダリ親衛隊がキーキーと後ろで騒いでいるが俺は気にしない。

 しばらく待っていると、教室の横開きの扉が音をたてて開く。

 白の半袖カッターシャツに黒いタイトスカート、短いタイトスカートの下には黒タイツの艶めかしい足が伸び、ハイヒールの踵を軽快に鳴らしながらユズコ先生が大教室に入ってくる。

「皆、静かにしろー」

 教卓に教材を置きながらユズコ先生が騒がしい生徒達に声をかける。

 その声に、生徒達は私語をピタリと止め教室内はしんと静まりかえった。

「今日は、授業を始める前に「編入生」を紹介する」

 ユズコ先生の一言で、静かになったはずの教室が一気にざわつく。

 しかし、その声色は編入生が来るというサプライズへの歓声ではなく、むしろ「意味が分からない」という感じのざわめきだった。

 それもそうだろうとムスロは思う。
 なにせ、この学園において「編入生」というシステムは存在するだけであり、実際に行われることなどほぼあり得ないのだ。

 ユズコ先生は生徒達のざわつきを止めようとはせず、まずは見せるしかあるまい、という感じで廊下の方に視線を向けて、編入生が教室内に入ってくるように声をかける。

「入ってこい」

「……はい」

 ユズコ先生の声に応えてアノンが颯爽と教室内に入ってくる。

 銀色の肩当てとガントレットを装着して真っ赤なマントを背中になびかせており、黒いニーソックスは太ももを締めつけて「むっちり」とした肉の段差を作っている。
 靴は黒のロングブーツで、前面部には銀色の装甲板が段々にあしらわれているが、肝心の体のど真ん中は黒ビキニという露出狂まがいの格好である。

 一言で言うならば「黒ビキニアーマー」であり、オタクなムスロにとってはロマン溢れる女性装備である。

 ビキニアーマーゆえにアノンのFカップ巨乳が実に見事に映えており、アノンは少しウエーブのかかった美しい茶色の髪を優雅にかき上げる。

 その仕草に男子学生が「うおぉぉ!」と地鳴りのようなうめき声をあげる。
 その声が癪に障ったのか女子生徒達が低い声でアノンの露出衣装に愚痴をこぼす。

 しかし、一部の生徒は「編入生」の更なる異質さに気がつき始めていた。

 そう、それは「年齢」である。

 この教室内の女子生徒では醸し出せない色気。
 つまりは、明らかに自分達よりも年齢が上の女性であるということだった。

 学園では16歳以上はほぼ入学できないという現状を考えれば、年上かつしかも2学年に「編入」してくるというのは、どう考えても尋常ではない出来事であった。

 更にざわつき始める教室内。

「皆、静かにしろ! とにかく「聞けば」分かる」

 ユズコ先生の言葉に、教室内はまたしんと静まりかえる。

「というわけで、自己紹介を頼む」

「……はい、先生」

 アノンはユズコ先生に促されて自己紹介を始めるべく、目の前に広がる教室内に埋め尽くされている学生達に向かってお辞儀をする。

「皆さん、初めまして。わらわの名はアノン。歳は28歳じゃ。職業は魔導士、魔法能力は自己再生による回復能力である」

 アノンの言葉に教室内が更なる大きなざわめきを起こす。

「わらわは各地を旅しながら魔導士として修行をしていたのだが、色々と限界を感じての。先日、故郷であるこの王国に帰って来た。そこで、学園で実戦の基礎をやり直そうと思い、王国と交渉してこうやって特別にこの学年に編入許可を頂いた次第である」

 アノンの説明で合点がいったのか、学生達のざわめきが少しだけ収まる。 

「ちなみに、わらわは「ムスロの姉」である。姉弟(してい)共々、卒業まで宜しく頼むの」

 アノンの最後の言葉に教室内は「――ええぇぇっ!?」となり、今日一番のどよめきを立てる。

 その喧騒(けんそう)を打ち消すべく、ユズコ先生が手を叩いて何度も大きな音を出す。

「――はい、静まれ静まれ!! というわけで、アノンは今日から共に学ぶ学友となる。ちなみにアノンの身分は「現時点」で「平民」ではあるが、卒業後は貴重な回復系の魔導士として、王国の迷宮騎士団への加勢を約束された人物であるから粗相の無いように!」

 ユズコ先生の言葉に、全生徒は私語をピタリと止めてしまう。

「つまり、卒業までは王国にとっての賓客(ひんきゃく)である事を忘れるな。それゆえに、アノンには学生には無い様々な特権が認められている。自分達と同じと考えぬよう注意するように!」

 見た目では物が動かせる程度としか判断されないムスロのチート能力(魔法と嘘をついている)とは違い、回復手段が貴重であるこの異世界においては、例え自己回復のみに特化した魔導士といえども人材としては超一流ということであり、まさに国賓(こくひん)待遇なのである。

 そんな人材がいるとなれば、王国の二大迷宮騎士団である「紫炎(しえん)迷宮騎士団」や「白鷲(しろわし)迷宮騎士団」が放っておかないだろうし、果ては王家直属の「王剣迷宮騎士団」に入るかもしれない。

 それはつまり現在は平民でも、卒業後は貴族と同じように中騎士以上が約束されていると言っても過言ではない。

 そして、そのアノンがうすのろとバカにしていたムスロの姉というから、さあ大変。

 教室内にいる生徒達は、今までムスロに対してとっていた態度を思い返して戦慄(せんりつ)する。

 特に、その狼狽(ろうばい)ぶりは平民や下騎士家の生徒達の中で多く見られた。

 中騎士家は「まだまだどうなるか分からんよ」と何とか踏みとどまり、既に上騎士家である者達は「だからどうした」と言わんばかりに平然としている。

 いつもムスロを標的にして虐めていたワイズは中騎士家の中でも下の下。

 ワイズは突如現れたムスロの姉であり「魔導士」でもあるアノンを睨みながら、悔しそうに歯噛みするのだった。

 ムスロはちらりと後ろを伺って、ワイズ達の悔しそうな顔を見ながら鼻で笑う。

 おうおう、悔しがっとるのー。

 こうなってしまえば、もはや下手に俺には手出しが出来ないだろうからな。

 このままワイズとの関係が悪化の一途を辿り、行く所まで行ってしまえば、その時はワイズを斬り捨てて、この国を出奔(しゅっぽん)しようかとも考えていたが、どうやらアノンのおかげで最悪の事態は防げそうだな。

「では、アノン。席に着きなさい」

「はい」

 ユズコ先生に促されてアノンが俺の左隣に座る。

 生徒達は、ムスロとアノンが姉弟ということを聞いて、心のどこかでは理解していたのだろうが、その戸惑いの無い「最下層」への着席に思わずどよめく。

 最下層が座る筈の最前列の席では、ムスロを挟むように座るアノンとウェンダリ。

 最下層に相応しくない身分を持つアノンとウェンダリにより「最前列=最下層」という生徒達の中での暗黙のルールが崩れ始めている現実を前に、その様を苛立たしく眺めるムスロをバカにしていたワイズや他の生徒達。

 背後から感じるそれらの視線を意に介せず、腕を組んだまま背筋を伸ばして平然としている丸坊主頭でおデブでチビなムスロ。

 そんな中で、一人だけ「違う意味」でムスロを睨んでいた人物がいた。

 教室内の2年生の中で、最上級の身分ゆえに座ることが許されている最上段かつ最後尾の3つの長机。
 その3つの中で真ん中の机に一人で座る女子生徒が、ムスロの背中を睨んでいた。

 彼女は金色の美しい長髪ながらも、前髪を横分けで斜めにぴっちりとさせて後ろの長髪を綺麗に巻き上げており、清潔感と共にどこか他人を寄せ付けない攻撃的な凛々しさが際立っている。
 普段は背筋を伸ばして瞑想をするかのように目を閉じたまま沈黙している事が多い彼女だが、今は両目をうっすらと開き、冷たいまなざしでムスロの背中を見つめている。

「(……ムスロの奴……「姉」なんていたかしら?……)」

 金髪の凛々しい女子生徒は、桜色の下唇を苛立たしそうに少しだけ噛むのだった。
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