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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第11話 元勇者の力

 午後は野外での対魔物戦闘訓練ということで、俺とウェンダリは部屋に戻ると鎧を着込んで学園の敷地を出る。

「午後の授業は対魔物訓練というけどもさ。こんな都市部に魔物がいるのか?」

「前にムスロが気絶したのは草原だったでしょ?」

「ああ、そういえば」

 ウェンダリの話しによると学園は王都の中に作られており、端区画にあるとはいえ王都の中に魔物は存在しないのだが、先日、前宿主が心臓発作を起こした草原の区画は例外なのだという。

 学園の近くの草原には丁寧かつ頑丈な柵が設けられており、野生の魔物があえて処分されずに見逃されて生かされている。

 それはもちろん、学園生の為の訓練用魔物だからである。

「どんな魔物がいるんだ?」

「スライムやワーム、あとはモグモグフラワーだよ」

 ウェンダリによるとこの異世界でも、基本中の基本である下級の魔物ばかりらしい、まさに訓練用といったところなのだろう。

 名前からして実にショボそうである。

 というか、この異世界にもスライムがいて俺は何だか「ほっこり」する。

 前宿主はスライムに恐れおののいて心臓発作を起こしたようだが、まー、どんな魔物でも一般人にしてみれば余裕で死ねるからな。

 ただ、やはりファンタジーをファンタジーたらしめるのはスライムだよな。

「しかし、訓練用の魔物を学園の運動場に連れて来てもらえると楽なんだけどもな」

「そこは、やはり野生の魔物と対峙するという事を重要視しているんじゃないかな」

 確かに戦場は色々とありますからな。
 地面がぬかるんでいたり、周りが壁で剣が振り回せなかったり、実習という点では現場主義なのは別に悪い事では無い。
 ただ散々、死線を潜り抜けてきた元勇者の俺が、いまさら下級の魔物との戦闘というのが少しばかりつまらないだけだ。
 ま、体が動かせるのは脳神経の訓練にも良さそうなので真面目にやりますけれども。

「しょうがねーなー。スライム潰しで素振り練習でもするか」

「今日は自信満々だねムスロ」

「もう二度とスライムには負けないさ」

 前宿主のやらかした事を踏まえて意気込みを語っておく。

「――その意気だよムスロ!」

 ウェンダリも「うんうん」と真剣な顔で頷いている。 

 俺とウェンダリは草原に設けられた柵の門を潜り、入り口近くで待っているユズコ先生の元に行く。

 既に生徒達の大多数は集まっており、俺とウェンダリもその輪に混ざる。

 俺は周りの生徒を流し見すると、あることに気がつく。

 俺と同じ形の古びた鉄鎧を着ている者が何人もいるのだ。
 前の授業の時にはそこまで理解する余裕が無かったが、どうやら、この古びた鉄鎧は学園の備品らしく、これらを着ているのは皆、平民のようだった。

 当然、メイも俺と同じ鉄鎧を着ている。

 なんだ。他にも平民がいるんじゃないか。
 だが、彼等が教室の最前列に座ってないことを考えるに、いじめ対象は俺とメイだけという事か。

 逆に、この古びた鉄鎧を着ていない連中は、皆、独特の形、眩い程の光沢、匠が彫り込んだ模様などなど、見るからに豪華絢爛(ごうかけんらん)な鎧に身を包んでいる。

 まさに貴族の子供らしい金のかかっている鎧である。

 ウェンダリの銀鎧も豪華だが、やはりシンプルさが前面に出ており、身分を隠しながらも舐められないという絶妙な鎧に仕上がっている。

 まー、鎧は身を守ってこそだから今は古びた鉄鎧でも文句は無い。
 いずれ、俺も豪華な鎧をまた着てやるさ。

「よーし皆、集まったな。今日もここ野生魔物生息区での対魔物戦闘訓練を行う。午後の授業は1時から4時まで。この3時間の間にこの草原にいる魔物を10匹倒すこと。種類は問わない。ノルマを達成できなければ評価点数を1点減点するから頑張るように。では、始めっ!!」

 ユズコ先生の合図で鎧姿の生徒達は、ユズコ先生の前の地面に置いてある鉄棒状の剣を取り、見渡す限りの草原の中を四方八方に散っていく。

「これ以上、評価点が下がるのはやばいな。よし、サッサと狩りまくろう」

 俺はユズコ先生の前に行くと、地面に山積みにして置いてある鉄棒剣を取り上げる。

 見かけは、柄や鍔(つば)が付いているのだが、刀身の部分が鉄棒なのである。

 安全性の為でもあるのだろうが、ここの魔物は、これでも倒せるということなのだろう。

 俺はそれを一本持ち上げて右手で握り締める。

 ウェンダリは鉄棒剣の山から二本取り上げて、左右それぞれに持つと交互に軽く素振りをする。

「なんだウェンダリ。お前二刀流か?」

「うん、そうだよ」

「羨ましい限りだ」

「え?」

「いや、なんでもない」

 俺も前の異世界では二刀流が基本だったのだが、今の慣れない体では1本を振り回すので精一杯だ。
 本当の事を言えばもっと凄かったんだけれども、全てを失った今ではもはや何を言っても仕方がない。

 ウェンダリは素振りをしながらユズコ先生に声をかける。
 
「そういえば、ユズコ先生も二刀流だよね?」

「まあな」

 俺と同じ様な古びた鉄鎧を着ているユズコ先生は、ウェンダリの言葉に腕組みをしながら頷く。

「ウェンダリの二刀流はなかなかのものだ。これからも励めよ」

「はい!」

 ウェンダリは嬉しそうに頷いている。

「ムスロも頑張れよ。あまり減点を重ねると大変な事になるぞ」

 ユズコ先生は縁無しメガネの端を指先で持ち上げながら、真剣な表情を見せる。

「ういっす!」

 俺は持っている鉄棒剣を肩に乗せながら頷くと、獲物を探しに早足でその場を離れる。

 そんな俺の後ろをちょこちょことついてくるウェンダリ。

「なぜについてくる。獲物を探さなくて良いのか?」

「えー! 一緒に探そうよ! 皆もグループで行動しているよ!」

「そうなのか? ……あー、そうみたいだな」

 俺は周りを見渡すと皆それぞれ3~5人程度のグループを組み、群れの魔物に対して戦闘を行っているようだった。

 ただし、戦闘そのものは個人戦のようで、皆で一匹を攻撃するという事はしていないようだ。
 あくまで、お互いの背中を守り合いながら、攻撃中に他の魔物から攻撃を受けずに済むようにしているのだろう。

 ユズコ先生が怒らないということは、この戦法までなら訓練の一つとして認められているんだな。

 俺はメイの事が心配になってメイの方を見るが、メイは一匹だけいるスライムを狙ったり、器用に群れからおびき出したりしながら、上手に距離を取りつつ攻撃を加えている。

「メイの奴。意外に上手くやっているな」

「メイさんは基本的な能力がしっかりしているからね。いつもちゃんとノルマは達成しているよ」

 ウェンダリもメイの方を見ながら「うんうん」と感心するように頷いている。

「なるほど……この学年で一番のボンクラは俺だけって事か。ま、メイは放っておいても大丈夫そうだな。むしろ俺と一緒にいてはワイズに目をつけられるだろうし。よし、それじゃあ、俺は俺のノルマを果たすか!」

 俺は鉄棒剣を肩で背負いながら「とてとて」と重たい体を走らせる。

 しばらく草原を走っていると、俺の目の前に緑色のスライムが1匹現れる。

 サッカーボール2~3個分の大きさで、地面をウネウネドロドロと這いずっている。

 俺はまるで長年の仇敵を見つけたような勢いで、緑スライムに襲いかかる。

「死にさらせぇぇーー!!!」

 前の異世界では全滅していなくなった魔物。

 生きるか死ぬかの刺激的な日々を俺に与えてくれた魔物。

 もう二度と会うことは無いと思っていた久しぶりの魔物との戦闘を前に、俺の脳内には興奮を司る物質が過剰に分泌される。

 スライムの直前まで肉薄して足を踏みしめる。

 そして、両腕の筋力に力を注ぎ込み、肩に乗せている鉄棒剣を勢いよく振り下ろす。

 その動作だけで、もはやイキそうなぐらいに興奮する俺。

 俺の振り下ろしの一撃は、緑スライムの中心部分にある「核」と呼ばれる真っ赤な丸状の部分に向かって叩き込まれる。

 見た目はドロドロしているが、その体は弾力性に富んでおり、ゴムのような感触を俺の手に返しながらもやがては限界にきたのか鉄棒剣で身を食い破られ、そのまま中心部の核を打ち砕かれて無惨に弾け飛ぶ緑スライム。

「――まずは一匹!!」

 よしよし、昨夜と今朝の素振りだけでも、だいぶ調子が出てきたな。
 体を動かす脳内神経が今後もより繋がっていけば、基礎筋力があるこのおデブ体でも悪くは無い。
 むしろ、この体を上手に使うなら体重を乗せる動きが大事かもな。

 俺は上手く体重移動をさせながらの振り下ろしに良い感触を掴む。

 仲間がやられて興奮したのか、近くにいた緑スライムがワラワラと近寄ってくる。

 俺は鉄棒剣をぶん回して、近寄ってくる緑スライムの核を的確に打ち砕いて薙ぎ払っていく。

「2匹、3匹、4匹!!!」

 何匹かの緑スライム達は一斉に飛び跳ねると、俺を押さえつけようと飛びかかってくる。

 俺は鉄棒剣を振りかぶって振り下ろし、または振り回して、空中の緑スライム達を次々と叩き落とす。

「5匹、6匹、7匹!!!」

 俺が空中に気を取られている内にと、俺の足下に忍び寄ってくる緑スライム達。

「――こざかしいわっ!!!」

 俺は足を踏み上げて緑スライムを踏みつける。

「8匹、9匹、10匹!!!」

 俺はノルマを達成したにも関わらず、更に攻め寄って来る緑スライム達をもぐら叩きのように徹底的に殴りつける。

「――11匹、12匹、13匹、14匹!!! ええい、もっといないのかスライムゥゥゥーー!!!!!」

 俺は目を血走らせながら、緑スライムが砕け散った残骸の中で絶叫する。

 やはり所詮はスライム。
 何とも手応えが無くて張り合いが無い。

 俺が一瞬でスライム達を血祭りに上げたその姿を、ウェンダリは呆然と見つめていた。

「ム……ムスロ?」

「はぁ……はぁ……。すまん、ウェンダリ。お前の分までやっちまったわ」

「い、一体、どうしちゃったんだよムスロ? どうして急にそんな動きが出来るようになったの?」

「何を言っているんだ? 皆、こんなもんだろ?」

 俺が頭に「?」を浮かべていると、ウェンダリは十メートル程先にいる3人組の生徒達を指差す。

 その3人組の1人が緑スライムと決闘していたが、緑スライムは何度叩かれてもすぐには死なず、むしろスライムのフライングボディアタックな反撃を受けて、その生徒は無様に地面を転倒していた。

「……え?」

 俺は思わず声を漏らす。

「凄いよムスロ……。一撃でスライム達の核を打ち砕き続けるなんて……」

 あらら、この肉体を補う為に一撃必殺を集中していたら、普通以上の成果が出たみたいな。

 いや、でも、むしろ、これこそが俺の狙っていた所だ。
 こうでなくては全てを失った無能の俺が、この異世界で大暴れしながら生きてはいけない。

 俺に残されたのは「元勇者としての経験」だ。

 幾度もの死線を潜り抜けた戦いの記憶だ。

 凄まじい力は無くとも、剣を撃ち込む角度、力の加減、体の体重移動、タイミング、攻防の駆け引き、それらテクニックに関する事は魂の底にまで染みついている。

 やはり「元勇者」の経験は役に立つのだ。

 つまり、俺は完全な「無能」では無かったという事だ。

 これならば俺の「元勇者」としての経験すらもまた、「チート」の一つとして考えてもいいのかもしれない。

 俺は輝かしい日々を支えてくれた「チート」が、実はまだ自分の中に残っていたという事実に、何とも言えない安心感を感じる。

 この異世界で平民として生きていくのならまだしも、過酷な戦闘を繰り広げるならば「チート」が無くては心許ない。

 もちろん「元勇者の経験」というあやふやな物だが、今の俺にとってはどんな名剣よりも頼りになるありがたい存在だった。

「よーし! 僕も頑張るよ!!」

 ウェンダリは勢い込んで、少し離れた所にいる緑スライムの群れに向かって駆けていくと、二刀を鮮やかに振り回して「一撃」で緑スライム達を葬っていく。

 むしろ二刀な分、俺よりも倒すのが早い。

「……おいおい、強いなウェンダリ君」

 所詮は経験チート。
 俺は「ド底辺のうすのろ」から「少しはやるね」ぐらいのランクアップでしかなかったようだ。

 ウェンダリは一瞬でノルマの10匹を達成すると、満面の笑顔を浮かべながら小走りで帰ってくる。

「ねーねー!! 見てくれた見てくれた!?」

 まるで子犬の様に「褒めて褒めてオーラ」が半端無いウェンダリ。

 しょうがないので褒めておく。
 言葉は「タダ」だからケチるものでは無いのが俺の信条だ。

「ああ、実に見事な二刀流だな。俺よりも倒すのが早かったぞ」

「えへへへへー!!! 二刀流をずっと練習してきたからねー!! やっぱり騎士は二刀流が格好良いよねっ!!!」

 二刀流は効率的や有利とかでは無く「格好良い」というその発想は「厨二」だろウェンダリ。

 なにせ、俺も前の異世界では「格好良い」という理由だけで二刀流だったからな。

 攻撃力特化は男のロマンだ。

 まー、最初は苦労するが慣れてくるとなかなか使えるんだよな。
 ただ、現実はそう甘くは無くて、色々とチートで補えたからこそ使えたんだが。

「二刀は華やかで良いが一刀と盾の練習もしておけよ。盾は地味だがあの鉄の防御力と安心感は凄いからな。というか、盾で相手を殴りながらの剣撃こそ王道だからな」

「えー」

 ウェンダリがむくれる。

「それとも何か。鎧の隙間に剣を刺し込むから大丈夫ってか?」

「――うん!!」

 満面の笑みで頷くウェンダリ。

「あー左様ですか」

 俺はしらけ顔で応える。
 確かに今のウェンダリの腕を見るに、鎧の隙間を狙う難しい攻撃が出来るだけの器用さと俊敏さは持っていそうだった。

「とりあえず、ノルマが終わったらどうすればいいんだ?」

「ユズコ先生に報告かな」

「このまま10匹以上を狩っても良いのか?」

「別に良いけど、他の生徒の獲物が減るから嫌われるよ?」

「な、なるほど。これ以上、皆から嫌われるのもあれだし止めておこう……」

 なんだよ……。
 もっと暴れられるかと思ったのに一瞬で終わったな。
 むしろ中途半端過ぎてストレスが溜まるわ。

 俺がふてくされていたその時だった。

 俺の右側の方角から生徒達の悲鳴が上がる。

 俺が騒がしい方角に目を向けると、鎧を身につけているはずの生徒達が、空中に吹き飛んで舞っている光景が目に飛び込んでくる。

 そして、次の瞬間、空を舞っていた生徒達が地面に叩きつけられて悶絶する。

「――なんだアレは!?」

 俺は生徒達を吹き飛ばしたであろう巨大なミミズを見ながら驚く。

 持ち上げた体の部分だけで優に3mは超えるかというぐらいの巨体だ。
 胴体の太さも1mはある。

 その巨大ミミズは器用に体をしならせながら振り回して、生徒達に打ちつけて空中に吹き飛ばしていく。

「あれがワームなのか!?」

「――違うよ!! あれはビッグワームだよ!! 時々、いるらしいんだ成長し過ぎた奴が!! 僕達の鉄棒剣では対処できないよ!! 早くユズコ先生を呼ばなきゃ!!」

 ウェンダリはそう言うが、ビッグワームの側で腰を抜かして地面に座り込んでいるメイが俺の視界に入る。

「ウェンダリ、お前はユズコ先生を呼びに行け!!!」

「――え!? ムスロは!?」

「俺はメイを助けに行く!!!」

「――ちょ!! ちょっとムスロッッ!!!!」

 俺はウェンダリの静止を聞かず、重たい体を一生懸命に走らせる。

 次々と生徒達が空中に吹き飛ばされて、俺の側に落下してくるので、それらを予測して避けながら駆ける。

 得物は殺傷能力が低い鉄棒剣。

 これであの巨体なミミズを仕留めるのは至難の業だ。

 だが、考えている余裕は無い。

 このままではメイも吹き飛ばされるか、最悪、ビッグワームに上から叩きつけられて圧死もありえる。

 解決策も無いのに人助けに走る俺。

 これこそが、俺の魂の奥底にまで染みこんだ「元勇者」の悪い癖だろう。

 しかし、しょうがないのだ。

 俺は人を助ける「快感」と「充実感」が何物にも勝ることを知っているのだ。

 止められない、止まらない、というやつだ。

 だが、それは「命を懸ける」に値するし、それは「命を失っても笑顔で死んでいける価値」がある。

「――メイ!!!! さっさとそこから逃げろ!!!!」

 俺の叫び声にもメイは反応を見せず、目の前で体を振りかぶるビッグワームを見上げながらガタガタとその体を震わせている。

 ビッグワームはメイを標的に決めたのか、その大きな体を鞭のように斜め上から振り下ろす。

 俺はメイに近づくとメイの体をうつ伏せにして、地面に埋めるぐらいの勢いで押さえつける。

「――ム、ムスロ君!?」

「――吹き飛ばされたく無かったら地面にへばりついていろ!!!」

 メイに覆い被さるような形になった俺の身体に、ビッグワームの薙ぐような一撃が浴びせられ、俺のデブな体が軽々と宙に舞う。

 ふわりと空中を舞いながらも、やがて見えない重力の手に引きずり込まれるように、この重たい体が地面に向かって落下し始める。

 急速に近づいてくる大地が、何とも言えない恐怖心となって俺の背筋を凍らせる。

 チートも何も無い俺には、あまりにも危険な状況である。

 俺は背中から地面に叩きつけられるが、何とか体を動かして地面の上を回転しながら衝撃を緩和させる。

 草原とはいえ強烈な衝撃に俺は呼吸が出来なくなる。

 ――ぐあああ!!! くっそ痛てええええ!!!

 俺は地面の上で悶絶する。

 俺は全身に走る激痛に歯を食いしばりながらもメイの方を見ると、ビッグワームは今度は地面に伏しているメイを、叩きつけて押しつぶそうとその巨体を持ち上げ始めていた。

 メイは絶望の表情でそれを見上げている。

 くそ!! これならメイも一緒に吹き飛ばされた方がまだマシだったか!?

 いや、いちいち、悔やんでいても仕方がない。
 どうなるかは、誰にも分からない。
 もし首から地面に落ちたら即死なのだ。
 行動に対する結果はいつも不確定である以上、最後まで諦めない事が大事になる。

 俺は何とか上半身を起き上がらせて、側に落ちている小さな石ころを拾い、それを振りかぶって投げようと試みたのだが、全身の痛みで思うように動かなかった。

 そんな状態で投げた石だったが、それでも何とか空中を力なく飛んで行きながらも奇跡的にビッグワームの体に当たる。

 もちろん、小石はビッグワームの体には何らダメージを与えず、虚しく跳ね返って地面に落ちた。

 しかし、挑発には成功したようで、ビッグワームは俺の方角に体の先端を向けてズルズルと近づいてくる。

 どうやら、叩き潰す標的を俺に決めた様だった。

 全身の骨が砕けたように痛む体は、もはやこれ以上は動かしようが無い。

2 m程先に鉄棒剣が落ちてはいるが、これを拾った所で対処のしようも無い。

 俺は力なく座った姿勢のままで、近寄ってきたビッグワームを見上げる。

 ビッグワームは悠然とその身体を持ち上げ始める。

 体の先端部を俺に振り下ろして叩き潰すのだろう。

 そうか……これが俺の最後か。

 前の異世界で「救世の勇者」にまでなった俺が、こうやってどん底まで落とされた挙げ句、最下級が大きくなった程度の魔物に殺されて死ぬのか。

 何とも惨めだなー。

 最後良ければ全て良しとは言うが、この様は、まさに俺の人生は失敗だったという証明だよな。

 でも、ま、あの頑張り屋さんのメイを救う為に死ぬんだから、多少は気も晴れる。

 結局、勇者の悪い癖は抜けなかったが、俺らしい最後と言えば実に俺らしい。

 あいつらは俺の惨めさを笑うかもしれないが、俺は俺の最後に誇りを持とう。

 うん、そうだ。

 決して惨めでは無い。

 俺は俺の生きたいように生きた。

 それを恥じるべきではない。

 俺はビッグワームの巨体を眺めるのを止めて、静かにそっと両目を閉じた。


 その時だった。


 俺の脳内に「ピコン」と軽快な電子音が鳴り響く。

 そして、両目を閉じている筈なのに、眼前に白枠で背景色が黒のパソコンのコマンドウインドウの様なものが現れ、そこに白い文字列がタイプライターの様に一文字ずつ列記されていく。

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....バックグラウンド実行を緊急停止
....全メモリ開放
....再起動を始めます

....Now Loading
....Now Loading
....Now Loading

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
Parallel World Support system ver2.01
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

異世界キャリブレーション中
....
....
....失敗

異世界キャリブレーション中
....
....
....失敗

異世界キャリブレーション中
....
....
....失敗

....異世界キャリブレーション不可

....未確認の異世界と判断

....強制支援モード開始

....バックアップ強制適用

....ステータス値の読み込み開始

....レベル値の破損により取得に失敗
....体力値の破損により取得に失敗
....魔力値の破損により取得に失敗
....素早さ値の破損により取得に失敗
....防御力値の破損により取得に失敗
....運値の破損により取得に失敗
....経験値の破損により取得に失敗
....再調査中
....再調査中

....SP値の取得に成功

....表示します

....SP値 30/100(最大値)

....スキルの取得に成功

....表示します

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

・「幻想腕(イリュズアーム)×1」

・■▲■◆■■

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

....SP値をスキルに直結します

....「スキル欄」が解放されました

....「スキル使用」が解放されました

....「スキルの閃き」が解放されました

....再起動完了します

....Good Luck!!

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
Parallel World Support system ver2.01
.....実行中
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

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 まるでOSかアプリが起動するかのような文言がならび、一通りの実行処理を終えたのかウインドウが閉じる。

 この実行画面自体は前の異世界でも見たことは無かったが、このウインドウには見覚えがあった。

 前の異世界で活用していた「サポートヘルプ」だ。

 俺の脳内だけに直接浮かび上がり、様々な情報をもたらしてくれるサポートチート。

 俺は慣れた感覚で即座にウインドウを脳内に浮かび上がらせる。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【スキル欄】

SP 30/100(最大値)

・「幻想腕(イリュズアーム)×1」SP20(制限時間1分)

・■▲■◆■■

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

 残念ながら浮かび上がるウインドウはスキル欄だけであり、しかもバグっているのか文字の表記がおかしいものもある。

 起動時のコマンドを1回だけサッと見ただけだが、どうやら俺に「チート」を与えて異世界冒険を支えてくれていたサポートシステムがあったようだ。

 ただし、起動コマンドの中には物騒な表記が多く、この異世界の認識に失敗やら、俺の元勇者としてのステータス値は破損していて読み込みに失敗など、なにやら正常に動作していない感じながらも、俺を支援する為に強引にサポートシステムを走らせているようだった。

 しかし、それでもスキルシステムの復帰にはそれなりに成功したようで、「幻想腕(イリュズアーム)×1」の文字列を見ながら、俺は何とも言えない懐かしさと嬉しさが込み上げる。

 このスキルこそ、前の異世界で俺が最も愛用していた戦闘スキルなのだ。

 残念ながらそのレベルは最低ランクの「×1」だし、他にも愛用していたスキル達は表示すらされていなかったが、それでも、この十八番スキルが表示された事に俺は感動すら覚える。

 俺は諦めて閉じていた両目を開き、今まさに俺を叩き潰そうと体を振り下ろすビッグワームを見上げる。

「――ムスローーー!!!!」

 背後から聞こえるウェンダリの悲痛な叫び声。

 きっとユズコ先生も来ているのだろうが、もはや俺の救助には間に合わないだろう。

 俺を救えるのは、もう俺だけなのだ。

 俺は前の異世界が平和になってから使うことのなかった懐かしの十八番を、スキル欄から選択する。

「幻想腕(イリュズアーム)×1」

 俺がポツリとそう呟くと、脳が熱を帯びて燃え上がるような、あの懐かしい感覚が蘇る。

 「幻想腕(イリュズアーム)」とは、俺の半径4m程度の範囲内に「もう一本の見えない腕」を発生させるスキルだ。

 この腕は何点か制約があるものの、単純に説明すれば「制限空間内」において「武器防具を自在に扱う」事ができる。という感じだ。

 まずは、2m先に落ちている鉄棒剣を拾い上げたい所だが、制約その1「愛用していない物は使用できない」に引っかかり、持ち上げることはやはりできなかった。

 眼前に迫るビッグワームの体落とし。

 俺は冷静にそれを見上げる。

 自由に扱える武器は何も無い。

 だが、この肉体が入学時から今日までずっと身につけていた物ならばここにある。

 魂は違えど、どうか反応してくれ。

 俺は「幻想腕(イリュズアーム)」で「右ガントレット」を持ち上げようと試みる。

 俺の体は激痛でもはや少しも動かないのだが、俺の右腕はゆっくりとスムーズに動きだし、ビッグワームに対して右ガントレットが手のひらを広げる。

 「幻想腕(イリュズアーム)」は、この肉体がこの鎧を愛用していたと認識してくれたのだ。

 ビッグワームの体落としを右腕一本で受け止める形で、俺の右腕にビッグワームの体落としが炸裂する。

 ビッグワームの体落としにより辺りに巻き上がる土煙。

「――ムスローーーー!!!!」

 ウェンダリは叫びながら尚も走り続ける。

 教師であるユズコも受け持つ生徒を死なせてはならないと必死に走るが、無情にもビッグワームの一撃が繰り出された光景を前に瞳が濁る。

 少し離れた所で、この光景を眺めていた生徒達は皆、ムスロが即死した事を確信した。

 だが、実際にはそうはならなかった。

 土煙が風に流されて現れた光景に皆は息を飲む。

 なんと、ビッグワームの体落としを、座りながら右手一本で受け止めているムスロがそこにいたからだ。

「……よし、いいぞ幻想腕(イリュズアーム)」

 幻想腕(イリュズアーム)は俺の腕力とは一切関係が無い。

 幻想腕(イリュズアーム)自体が、かなりの怪力なので、幻想腕(イリュズアーム)で持った物ならば例えガッ●のドラゴン殺しでさえ軽々と振り回せるだろう。

 そんな幻想腕(イリュズアーム)が俺の右ガントレットを持っている以上、ビッグワーム如きの一撃を受け止めるのは造作も無いことだった。

 俺はそのまま幻想腕(イリュズアーム)に力を込めて、右手を手刀の形に変えると右ガントレットを腕から射出する。

「――食らえミミズ野郎!!!」

 俺の腕から飛び出した右ガントレットの手刀が、ビッグワームの先端部から凄まじい勢いで食い込み、そのまま体を突き抜けて空中に飛んでいく。

 まさにロケットガントレットだ。

 だが、体に小さな穴を開けられた程度ではビッグワームは死なないらしく、俺の眼前でもう一度、体を持ち上げて体落としに移行する。

 俺は空中にある手刀ガントレットを幻想腕(イリュズアーム)で操作して、ビッグワームの体に突き込んでは食い破りを連続で何十回と繰り返す。

 体中を穴だらけにされたビッグワームはさすがに限界を迎えたらしく、力無くその場に崩れ落ちた。

 そして、俺が幻想腕(イリュズアーム)で操っていた右ガントレットも、ゴトリと地面に落ちて動かなくなる。

 スキル欄にも書かれていたが、どうやらこの異世界での使用時には「制限時間1分」の縛りがあるらしい。
 前の異世界では発動時間無制限だったから、どうやらきちんと使い時を見極めないとダメそうだ。

「……うぅ」

 俺は、起き上がらせていた上半身をバタリと後ろに倒して寝転ぶ。

 体中が痛くてたまらない。

 そんな俺の元にウェンダリが泣きそうな顔で駆けつけて座り込む。

「――ムスロッッ!!!! 大丈夫!?」

「大丈夫かムスロ!!!!」

 ユズコ先生も駆けつけてくる。

「……ああ、大丈夫です。体中がとても痛いですが……」

「しかし、ムスロ!! 今の技は何だ!? お前、魔法が使えたのか!?」

「……あー、まー、そんな感じです」

 ユズコ先生の質問は色々と面倒なので適当に応えておく。

「……そ、それよりもユズコ先生」

「な、何だムスロ!?」

 俺の消え入りそうな声を聞いて、死ぬ間際の生徒の遺言だとでも思ったのか、綺麗な顔を俺の顔に近づけてくれるユズコ先生。

「……ノルマのスライム10匹を倒したので、今日の授業はもう休んでも良いですかね?」

「――ん!? あ、ああ!! 良し!! 今日はもう休んでも良いぞムスロ!!」

「……どうもです」

 俺は最後にそう呟くと、白目を剥いて気絶するのだった。
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