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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第6話 食後の自主練習

 俺は食堂から戻ると洗面台で手を洗い、服の上下を脱いでトランクス一枚で洗面台の横に置いてある体重計に乗る。

 体重そのものは別に驚愕の数字ではないが、肝心の背がかなり低いせいで適正体重を越えてしまうわけとなる。

 体重計を降りた俺は洗面台の鏡に映る自分の裸姿をあらためてじっくりと眺める。

 小学生高学年のぽっちゃり肥満児といった所か。

 肥満として醜いという程ではない。

 こんな丸坊主のぽっちゃりな子供がいたとして、もし以前の俺がどこかで出会ったらとしたら「おう、良い体格だな坊主。飯食え、たんと食え」と思わず飯を奢って、ガツガツと食べる様を「ははは、良い食べっぷりだなー」とニコニコしながら一杯やりそうな感じだ。

 ただ、元宿主の性格の暗さと、鈍くささからか、気持ち悪いというイメージが染み着いているせいで学園の皆からの俺への印象はすこぶる悪い。

 俺の元の印象を知らずに初めて会う男連中ならば、普通に対応はしてくれるだろうが、第一印象で女性に惚れられることはまずあり得ないだろうな……。

 身長と目つきは仕方が無いとして、せめて、痩せないとなー。

 俺は服を着てバスルームから出ると、机の上に置いておいたもらってきた柔らかい丸パンを食べるのはやめておき、鎧をかけておく固定棒の横に立てかけてある木刀を手に持つ。

「少し素振りしてくるわ」

 俺はウェンダリにそう言うと、ウェンダリも慌てて木刀を手に持つ。

「それなら僕も一緒するよ。練習場に一緒に行こうよ」

 この寮には練習場まであるのか。

「いや、今日は一人で良いよ。少し一人で考えたい事もあるし」

「……そうかい?」

 ウェンダリはしょんぼりとうなだれる。

 俺はそんなしょぼくれウェンダリを部屋に残して、一人で部屋を出ると寮の玄関ホールから外に出る。

 外は既に日が沈んでおり、少し肌寒い夜の風が体を撫でる。

 俺は夜の甘い空気を肺一杯に吸い込んで深呼吸をする。

 夜空を見上げれば、そこには満天の星空が広がっていた。

 色鮮やかな天の川が何本も流れ、月のような黄金の星や、カラフルな色の惑星などが幻想的に浮かんでいる。

 寮の前には敷地の外へ繋がる石畳の道。
 その道の左側には手入れされた一面の芝生、
 右側には一面の砂地、つまりは運動場の様なグラウンドがある。

 俺は砂場の周囲に取り付けられている何本もの街灯の中で、一番手前の下に行く。

 ランプ型なのかぼんやりとした暖かみのある明かりの下で、俺は部屋から持ってきた木刀で素振りを始める。

 ゆっくりと感触を確かめるように上段から振りおろす。

 もう一度、もう一度。

 何度も振りおろす。

 感覚は悪くない。

 見た目はおデブだが、内部の筋力はそこまで悪くはない。

 元宿主も下騎士を目指していただけあって、基礎練習はしていたようだ。

 ただし、成績が悪かった所を見るに、体を動かすというセンスが少し残念だったのかもしれない。

 事実、俺のイメージ通りには、なかなかこの体は動いてはくれない。

 もちろん通常の動きは大丈夫なのだが、前の異世界で勇者をしていた時のような脊髄反射であらゆる攻防を繰り広げるという野生的な戦闘スタイルは残念ながらできない。

 ただし、今はまだ無理というだけで、これはある程度は取り戻せるはずだ。

 あの動きの感覚は今もなお俺の魂に染みついている。

 これから毎日、練習しながら脳神経回路を鍛えていけば、それなりの動きはできるはずだろう。

 もちろんチートの「身体能力ブースト」はもう無いから、跳躍したり、早く駆けたり、重たい物を持ったり、長い戦闘でもバテない、なんてのはもう無理だ。

 望みをかけるとしたら「瞬発力」になる。

 通常体力でバテるまでの間だけでも勇者っぽい動きができるようになれば、そうそう負ける事は無いはずだ。

 それに、このデブな肉体を痩せさせれば、動きはよりシャープになるだろう。

 俺は汗を噴き出させながら、黙々と素振りを続ける。

 次は目の前に敵がいる事を想定して、シャドーボクシングならぬシャドー戦闘(本気の殺し合い)を続ける。

 今後、感覚を取り戻せても勇者の時の最盛期には戻れない。

 とにかく無駄な動きは極力無くし、最短距離で打つ一撃必殺の動きを研ぎ澄まして、この弱い肉体を補うしかないな。

 俺が神経を集中していると、背後からなにやら視線を感じるので木刀を構えながら振り返る。

「……や、やあムスロ」

 一本先の街灯の下で、自分の木刀を胸前で抱えて持っているウェンダリが申し訳なさそうに佇んでいた。

「……もしかして、友達と素振りをするのも夢なのか?」

 俺の問いかけにウェンダリは首を何度も縦に振る。

「……はいはい、分かったよ。考えはもうまとまったから一緒に素振りをしようぜウェンダリ」

「――う、うんっ!!!」

 ウェンダリは満面の笑みを浮かべると、俺の側に走り寄って来て素振りを始める。

「うわー、やたー!! これだよこれー!! 共に明日を目指しての切磋琢磨!! 僕の夢がまた一つ叶ったよ!! ありがとうムスロ!!」

「はいはい、そりゃ良かったね」

 俺もシャドー戦闘から素振りに切り替える。

 街灯の明かりの下で、静かに素振りを繰り返す俺とウェンダリ。

 俺は滝の様に汗を流しながら上段から木刀を振りおろし続ける。

 ウェンダリも、しっとりと汗をかき始めた所で俺は何となく声をかけた。

「……なーウェンダリ」

「なにムスロ?」

 俺とウェンダリは素振りをしながら会話を続ける。

「俺とか昨日の女子、確かメイか。俺達がいじめられているのは、どう思っていたんだ」

「どう思うも何も、僕もメイさんのいじめはいつも止めていたよ」

「俺は?」

「ムスロも止めていた」

「なぜに過去形」

「ムスロにもメイさんにも言われたんだよ。僕が庇うと、ワイズのいじめが更に酷くなるんだって……」

「……なるほど。確かにそう言ったな俺」

 もちろん知らないので口裏合わせの嘘だ。

 確かにいじめは中途半端な救いの手が差し伸べられるとエスカレートする。
 親の介入しかり先生の介入しかりだ。

「僕は24時間、ムスロとメイさんを見守ってあげられるわけじゃないから、どうしても守りきれなかったんだ」

「まー、そりゃそうだよな。悪い、嫌な聞き方をしたな」

「ううん。そんなことないよ。僕が間違っていたんだから」

「……ん?」

「今日、ムスロがメイさんを守ったように、僕も自分の全てを懸けてでもムスロとメイさんを守るべきだった……。僕は自分の事を優先して、ただ、おろおろとムスロとメイさんの事を見守り続けることしか出来なかったんだ」
 
「……なに、見守ってくれていたなら、それで十分さ」

「ムスロ……」

「そもそも、この学園は自らの意志で来る場所だ。ワイズのいじめが辛いなら自分を守る為にさっさと辞めて、平民の人生を歩めばいいだけだ。それをしなかったのは俺も、そしてメイもだろうが、きっと「死んでも」諦めたくなかったのさ。つまり、俺とメイは自分の意志で自分の命を懸けてここに留まっているんだ。ウェンダリが気に病む必要は少しもない」

「――そんな事ないよ! だって、ムスロは僕が出来なかった事を今日やったじゃないか!」

「だから、あれは頑張り屋さんをみると、つい助けてやりたくなる俺の癖みたいなものでだな」

「癖で他人の為に命を懸けるの? 今日はあれだけワイズに恥をかかせたんだ。貴族でもあるワイズのいじめはもっと過激になるかもしれない。下手をすればムスロ……、ワイズ達に殺されるかもしれないよ?」

「やすやすと殺されるつもりはないが、それも覚悟の内さ」

 俺は平然と即答する。

「お、おかしいよそんなの……。普通の思考じゃないよムスロ」

 ウェンダリの言葉に俺は苦笑いを浮かべる。

 懐かしい言葉だな。
 前の異世界でも何度か言われたよ。

 お前は狂っていると。

 確かに俺は前の異世界で、他人の為に命を懸けてきた勇者だ。

 もちろん、どんな他者をも救う仏様では無いが、いざ、自分が救うと決めた者の為には命を懸けて戦い、血反吐を吐きながら救ってきた。

 その献身性は、普通の者からすれば、どこかが壊れていると言ってもいいぐらいのものだろう。

 まー、あまりに献身的になりすぎるのは前の異世界で懲りたからもうしないけれど、ただ、魂の底にまで染みついた癖だから、小さいのは無意識レベルで出てしまうんだよなー……。

「まー、どこかおかしいというのは否定しないさ。だから俺の真似をする必要は無いぜウェンダリ」

「そう言われても困るよムスロ。普通の人間には「勇気」ってのは美徳なんだ。そんなにもまばゆい物を見せられると、僕は僕の弱さを許せなくなってしまうよ……」

「真面目な奴だなー」

 ウェンダリは素振りを止めると意気消沈した表情でうなだれる。

 俺は素振りを続けながら言葉を続ける。

「なら、自分を卑下するのはやめておけ。さっさと自分が弱いことを認めて、一歩でも理想に近づけるように生きればいい。それが前向きに生きるってやつだ。自分を責めても全く成長はしないからな。自分を責めるだけ時間の無駄だ」

「弱さを認めて一歩ずつ?」

「そうそう。今度、そういう場面に出会ったら、あー自分は弱いからしょうがねーなーと思いつつ、ならば、今の弱い自分に出来る最大限の事は何か?と、悩んで挑戦するのが建設的ってなもんだろ。悩んで戦ってやり遂げた事は、例え小さな一歩であろうと必ず成長に繋がるさ。まー、簡単に言うならば、いきなり俺みたいになれると思うな。だ!」

 こちとら、幾度の地獄を潜り抜けて成長してきた勇者だぞ。
 一瞬で俺みたいになられても困る。

「……えー。ムスロだって今日から生き方を変えたんでしょ?」

「……あ、そうだった」

 ウェンダリの言う通り、俺は今日この肉体に入ったばかりだから、ウェンダリには俺が今日いきなり変わったとしか見えないよな。

「……ぷふふっ。もうムスロったら。でも、つまりはムスロも今日まで一生懸命に悩んで戦って成長して、今日、爆発して生まれ変わったんでしょ?」

「――!? そ、そうそう! そういう事だよ!」

「うん、分かった。僕も今日から少しずつ頑張るよ」

「ああ、無理はするなよ」

「うん、しない。でも、まさかムスロと、こんな青春の語らいができるなんて思いもしなかったよ。しかも友達のムスロに励ましてもらえて、元気にしてもらえるなんて、これこそ僕が追い求めていた学園生活だよ!」

「……はいはい、それは良かったな」

 いつも通りのウェンダリに戻ったようで、俺は苦笑いを浮かべつつ素振りを止める。

 汗だくの体を夜の風に当てて冷ます。

「ムスロ、タオルは持ってきていないの?」

「忘れた」

 俺がそう言うとウェンダリは、黒ズボンに差し込んでいる白タオルを渡してくれる。

「新しいのだから使って」

「お前は良いのか?」

「ムスロほどじゃないからね」

 確かに滝のように汗を流しているデブの俺とは違って、ウェンダリは汗がにじんで滴る程度だった。 

 俺は遠慮なくタオルを受け取って顔を拭くと、そのまま首にかける。

「後で、洗って返すよ」

「いいよ、自分で洗うからさ」

「そうか? 悪いな」

「そんなことないよ。今日はムスロのおかげで、自分を嫌いにならずに済んだんだから。むしろ僕の方がお礼を言いたいよ。ありがとうムスロ」

「なんのなんの。んじゃ、部屋に帰ろうぜウェンダリ」

「うん」

 俺とウェンダリはくだらない会話をしながら部屋に戻るのだった。
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