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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第5話 どぶねずみ

 俺はウェンダリに連れられて、ラフな部屋着のまま寮の1階から渡り廊下を渡り、外に建てられている大食堂へとやってくる。

 ちなみにウェンダリも、俺と同じ様な感じの無地の白Tシャツに黒色の長ズボンというラフな部屋着のままだった。

 巨大な食堂の端から端まで白天板の美しい大型の長方形テーブルが、人がゆったりとすれ違うだけの隙間を残しながらびっしりとたくさん置かれている。

 天井にはきらびやかなシャンデリアが何個もぶら下がっている。

 夕食時なので寮内の生徒達で大いに賑わっていた。

 俺達と同じ様にだいたいは皆ラフな格好をしているが、綺麗で高級な服を着ている者もたくさんいる。
 たぶんそれらは見栄と誇りが高めな貴族達なのだろう。

「さあ、僕達もよそいにいこう」

 ウェンダリに連れられて入り口から左端にある壁際の大テーブルに行くと、そこは生徒達で一際賑わっていた。

 テーブルには様々な食べ物が大皿や大器、寸胴鍋などに入れられており、それを各自が食べたい物を食べたいだけよそうシステムのようだった。

 つまりはバイキングやビュッフェとか言われるやつだ。

 しかも壁側はオープンキッチンとなっており、カウンターもあるので厨房内のシェフ達に色々と注文をすることも可能になっている。

「本当に好きなだけよそって良いのか?」

「うん、大丈夫だよ。おかわりも自由だしね」

「よっしゃ!」

 俺は肉団子がごろんごろんに入っているミートスパゲティを皿に山盛り入れて、次の皿には高級そうな血の滴るボーンステーキを何個か重ねて、次の皿にはサラダとメロンを放り込んで、スープはコーンポタージュにして飲み物はオレンジジュースにして、小皿にはカレーライスを入れるとお盆の中がぎゅうぎゅうになった。

「……本当に全部、食べられるのムスロ?」

 ウェンダリが少し苦笑いを浮かべる。

「いやー、こういう食べ放題形式だと、ついつい盛り過ぎてしまうんだよな。でも、男なら普通はこんなもんだろ?」

 ウェンダリは慣れているせいか、それぞれのお皿に肉料理、パン、スープ、サラダ、フルーツ、ぶどうジュースをこじんまりとよそい、実にバランスが取れていた。

 俺達は隣合うようにテーブルの空いた席に着くと食事を始める。

 なにやら少し離れたテーブルに座っている女子達が、俺を呪い殺すような勢いで睨んでくるが余裕で無視。

 たぶんウェンダリの親衛隊だろう。

 逆にウェンダリは俺がスパゲティをズバズバと食べているのを見ながら終始ニコニコしている。

「こっち見んな。気が散る」

「――はう!」

 俺の冷たい一言に目を潤ませるウェンダリ。

「なんだよ泣くなよ」

「いや、うん、ジッと見てごめんねムスロ。僕、友達と一緒に御飯を食べるのが初めてだから、なんだかとても嬉しくて」

「あいつらとは食べていなかったのか?」

 俺は肉団子の刺さったフォークをウェンダリの親衛隊の女子達に向ける。

「彼女達は友達じゃないよ。食事中でもいつも周りにいて騒がしいから困っていたぐらいさ。でも今日は友達のムスロがいるから遠慮してくれたみたいだね」

 いやいや、俺の事が気持ち悪いから寄って来ないんだろうさ。

「女子をはべらせていれば賑やかでいいじゃないか。男冥利に尽きるというもんだろ」

「僕は友達と明日を熱く語らいながら食べたいの!」

「……はいはい。というかさ、その明日を熱く語るってのは何なんだよ」

 俺は肉団子を口に放り込む。
 トマト味で煮込んであって超美味い。

「明日も一緒に頑張ろう! みたいな?」

「俺に聞くなよ」

「えー」

 ウェンダリがむくれる。

 仕方がないので合わせてみる。

「よーし! ウェンダリ!! 明日の授業は負けないからなっ!」

 俺は満面の笑みを浮かべてウェンダリに明日を語ってみる。

「――!? ぼぼぼぼ、僕も負けないよムスロッ!!!」

「……はい、明日の語らい終了。満足したならお前も早く食え」

「わーい! やたー! 夢が叶ったー!」

 ウェンダリの機嫌が振り切れて良くなった。

 実に楽しそうにしている俺達を見て、ウェンダリ親衛隊が血涙を流しながら俺に対して呪いの言葉を吐き出し始めるが、やはり無視。

 ウェンダリが上機嫌に食事を始めたので俺も食事に集中する。

 スパゲティうま!
 うわー、このボーンステーキうめー。
 凄い柔らけー。
 メロンあまー。
 オレンジジュース100%だー。
 カレーライスはスパイシー。
 コーンポタージュ濃厚ー。
 サラダはシャキシャキー。

 俺はそれぞれを少しずつ食べながら、またスパゲティから食べるのを繰り返す。

 さすがは元々は貴族の学園であり、国が豊かなだけはある。
 材料も調理も一級品だ。
 寮生活の楽しみとしては嬉しい限りだ。

 俺がモリモリと食事を楽しんでいると、テーブルの向かいの席側から何やら険悪な雰囲気が漂ってくる。

 俺はボーンステーキを頬張りながらそちらを見ると、席に座って食事をしていた一人の女子の両脇と後ろを、三人の男子が囲むように立っていた。

 女子は黒髪の左側と右側でそれぞれ三つ編みにしており、ゆったりめに編まれたふんわりした太めの三つ編みは胸の上ぐらいまでの長さがある。

 目が悪いのか少し度が強そうな黒縁のメガネをかけていて、鼻の中腹と両頬の辺りにはそばかすが点々としている。

 服は肘辺りまで袖のある灰色のよれよれなワンピースで、所々、違う生地の切れ端で補修してある。

 三つ編みメガネの女子は男子達に気がついているものの、気がつかないフリをして食事を続けている。

 その男子三人組の内の一人、茶色髪の短いツンツン頭で体格の良い切れ長の目の男子が、三つ編みメガネの女子を見下ろしながらニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべている。

 実に見覚えのある汚らしい笑みだと思ったら、昼間、俺とやりあったいじめ野郎だった。

 いじめ野郎は手に持っていた小さな布袋を傾けて、何かを女子の皿に振りかける。

 それはどうやら「生ゴミ」のようだった。

「――ギャハハハ!!! ほら! 早く食えよ「どぶねずみ」!! 田舎育ちの「どぶねずみ」なら大好物だろう?」

 ゲラゲラと三人組が笑う。

 しかし、それにしても「どぶねずみ」て。

 なんというあだ名を女子につけているんだこのアホは。

「……なあウェンダリ。今、生ゴミを入れたいじめ野郎の名は?」

「……ワイズだよ。いつも君をいじめているグループのリーダーだよ」

「あー、そういう名前だったな。うん、思い出した。ところで、あいつは貴族なのか?」

「うん、中騎士家だよ。名前はそんなに通ってはいないから中級の中では下だけどもね」

 それでも平民からすれば立派な貴族様だよウェンダリ君。

「で、あの女子は?」

「僕達と同じ学年のメイさんだったかな」

「あのいかにも貧乏な感じの格好からすると、俺と同じ平民だよな?」

「……うん」

「ワイズは俺の他に、あの女子もいじめているのか?」

「うん、そうだよ。ワイズはムスロとメイさんを主な標的にしているみたいだね。基本的に平民が嫌いみたいだけども」

 三つ編みメガネのメイは、お盆を持ち上げてその場を立ち去ろうとするが、ワイズがメイの右側の三つ編みを掴んで引っ張る。

「――いっ!」

 メイの小さな悲鳴が聞こえる。

「逃げるなよーどぶねずみー。寮の食事は王家からの賜り物だぜ? それを捨てるなんて事が先生の耳にでも入ったら進級の査定に響くかもなー」

 その言葉でメイは三つ編みを引っ張られる痛みに歪めていた顔から、サッと血の気を引かせて絶望の色を浮かべる。

 やがて、しずしずと席に座り直すと生ゴミまみれの食事を見つめる。

 そして、絶望にまみれていた表情から一瞬で眉根を寄せてギリリと歯を食いしばると、見た目のもっさり感に反して凛々しくも力強い鬼気迫る表情を浮かべる。

 メイは生ゴミまみれの食べ物に握りしめているスプーンを突き刺す。

 諦めでもなく従順でもない。

 メイの表情から伝わるのは負けないための戦。

 絶対に引かない覚悟。

 うむ、実に良い根性だ。

 力でも地位でも、いじめ野郎のワイズにはかなわないのに、それでも逃げ出さない覚悟を決めるぐらいの絶対に譲れないものがあるんだな。

 嫌いじゃないぜそういうの。

 メイが生ゴミまみれの食べ物をスプーンですくい、それをゆっくりと口に運ぼうとした瞬間、俺はテーブルの上に駆け上り、テーブルの上の物をごちゃごちゃにしながら数歩だけ走ると、メイの横でニヤニヤしながら立っているワイズの頸動脈に、手に持っていたフォークを突きつける。

「――ヒィッ!?」

 思わず情けない声を出すワイズ。

 突然かつ突拍子も無い出来事を前に、メイは口を小さく開けて呆然としながら、テーブルの上でワイズの首にフォークを突きつける俺を眺めている。

 それは周りも同じらしく、俺達の姿が見えている近くの連中は皆、食事も忘れて呆然と俺達を眺めている。

「よーワイズ。この生ゴミ定食はお前のだよな?」

「――はぁ!?」

 ワイズが眉根を寄せるので、俺はフォークを「ぐい」とワイズの首元に突き刺す。

 フォークの先がワイズの首の皮膚に刺さらない程度だが食い込む。

「――ちょちょちょちょ!!!!」

 慌てふためくワイズ。
 そのやりとりを皆と同じく呆然と眺めるワイズの取り巻き男子二人。

「お前のだよなー?」

 俺の最後通告にワイズは「コクコク」と首を振る。

「じゃあ、ワイズ。お前が自分の席までこの生ゴミ定食を持って帰って食べるか、王家からの賜り物である大事な食事を自分で「処理」しろ」

 ワイズは首元のフォークにおののきながらも、俺を何とか睨みつけながら叫ぶ。

「――お、お前! 俺は中騎士家の貴族だぞ!! 平民如きがこんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」

「そんなこと知らねーよ。ここを退学か? それともお前達貴族によって吊るし首か? それともお前達で闇討ちか? どれでも結構なことだが、ひとつだけ言っておくぞワイズ。どれを俺に迫ろうが、その時は、お前の命だけは必ず頂くからな!!」

 平民が貴族に手を上げれば命の危険性があるのは当たり前だ。
 しかし、俺にはそんなことはもはやどうでも良かった。
 前の異世界での勇者の力を失ってはしまったが、この魂までは落ちぶれてはいない。
 自分の信念を貫く為ならば、前の異世界の時と同じく喜んで死んでやるさ。
 と即決してしまう程に、前の異世界での地獄の日々はここまで俺を変えてしまっているのだった。

 常人からすれば、もはや狂っていると言ってもいい俺の思考は更に加速し、むしろ、勇者の力無しで貴族と大立ち回りとか実に面白そうでゾクゾクするねー。とまで考えてしまう。

 俺がワイズ達と命を懸けて殺し合いをすることを想像して「ニター……」と笑った表情を見て、さすがのワイズも俺の狂った一面に気がついたのか「ごくり」と生唾をひとつ飲み込んだ。

「さあ、どうする? 俺と殺し合いをするかワイズ。というか、楽しく殺し合おうぜワイズゥゥ!!」

 俺は玩具を与えられた子供の様に目を輝かせながら、ワイズの首元にフォークをめり込ませていく。

「――ふ、ふざけるな、うすのろっ!!!」

 ワイズはその場から跳ねるように飛び下がると、自身の首をさすりながら「クソッ!」と小さく呻く。
 そして、今や周りから注目の的となっていることに気がつき、このまま皆に醜態を晒すのが辛くなったのか、生ゴミ定食を奪うように持ってそそくさとその場を去って行くのだった。

「……なんだ、やらねーのかよ」

 俺は「刺激」が遠ざかっていくのを眺めながら「チッ」と舌打ちをする。

 その後、俺はため息をつきながらも思考を切り替えて、テーブルの上からメイ側に降りると、周りは俺達に興味を失ったのかまた騒がしさを取り戻していく。

「大丈夫か?」

「あ、あああ、ありがとうございますぅ」

 メイは席から立ち上がるとペコリと俺に頭を下げる。

 背の高さは俺と同じぐらいのチビだった。

 言葉の発音に独特の抑揚と癖があり、どうやら地元訛りがあるようだ。

 なんだか元の世界に居た時の田舎の祖父と祖母を思い出して、俺は懐かしくも穏やかな気持ちになる。

「で、でも良いんですかムスロ君。あんな事をしたらワイズに後で何をされるかぁ……」

「いいよ別に。あいつはその内、徹底的にぶちのめすから」

「ぶぶ、ぶちのめすって、ワイズは貴族だし強いし、かないっこないよぉ!? それに貴族だから卒業後は私達の上司になるんだよぉ?」

 確かにそう言われればそうだな。

 俺達のような平民は卒業しただけでは下騎士が限界だから、一生、中騎士のワイズには頭が上がらないわけか。

「あーでもそれ、俺には関係無いかもな。だって俺「迷宮上騎士」になるからさ。ワイズよりも偉くなれば、むしろ俺が上司だろ」

「へ?……」

 俺の言葉にメイは言葉を失う。

 俺の言葉は近くの奴らにも聞こえたらしく、周りにいる生徒達が噴飯しながら失笑する。

「あの下級生のデブ「迷宮上騎士」とか言ってるよ超ウケる」

「あいつ二年で有名な何をさせてもダメな先輩「うすのろ」だよな。上騎士になるとか調子乗っているけど、あっさりと未帰還者になって行方不明になりそうだよな」

「しかも、ただの平民らしいぜ」

「うすのろの奴、丸坊主にして更にキモいんですけど」

 上級生、下級生、もちろん同級生からも、わざと「聞こえるように」陰口を叩かれる俺。

 笑いたければ笑え。

 お前達がいくら俺を笑おうとも俺は俺を笑わない。

 俺の人生という名の物語の主人公は俺だからだ。

 外野がわめいた所で俺には何とも無い。

 俺は俺を信じて堂々と生きるのみだ。

 しかし、平然としている俺とは違い、メイは俺への嘲笑をまるで自分の事のように顔を真っ赤にしてうつむいている。

「なぜ、お前が恥ずかしがる」

「へ? いや、だってぇ。私も平民だからぁ……」

「おいおい、さっきの生ゴミを食らう心意気はどうした」

「あ……」

 俺の言葉で何か大事な事を思い出したのか、メイは一瞬だけ呆けた後、すぐにさっきと同じ覚悟を込めた真剣な表情を見せる。

「――う、うん。私も頑張るよぉ!!」

「ああ、何か知らないが頑張れ」

 俺はそう言って自分の席に戻ろうとするとメイに呼び止められる。

「――あ、あのあのあのぉ!」

「なんだよ?」

「ムムム、ムスロ君は昼間、あれだけ逆らわなかったワイズと殴り合いの喧嘩をしていましたぁ。ど、どうして急にそんな事ができるようになったのですかぁ!?」

 元勇者だからだ。
 とは、さすがに言えない。

 しかも、メイみたいに意外と芯が強そうなタイプには、あまり火を焚きつけると暴走して自滅する可能性が高いので、心に響く格好良いことも言いにくいんだよな。

「何となくだ」

「……え」

 俺の予想外につまらない答えでメイはかなり失望したようだ。

 うむむ。
 失望され過ぎても元勇者としてちと寂しいので、当たり障りの無い事は言ってみる。

「まー、強いて言うならば、生き方を変えた。という感じかな」

 だが、それだけでも十分過ぎたようで俺の答えにメイの表情が強ばる。

「――わ、私も変われるでしょうかぁ!!」

 いやはや、思っていた以上に芯が強いな。

 さすが、あの陰湿な生ゴミ定食を「負けない為」に食べようとしただけはある。

「……変われるけど止めておけ」

「え?」

 メイは捨てられそうな子犬みたいに愕然とした表情をする。

「お前、成績の方はどうなんだ」

「は、はいぃ! 平均点は何とか維持していますぅ」

「なら、そのまま普通に頑張れ。お前は今のままで十分に立派だ。ワイズ達は、これからは俺が引きつけるから安心して頑張れ」

 俺はそう言うと向かいの元の席へと歩いて戻る。

「……ふーん。ムスロって優しいんだね」

 戻ってきた俺にウェンダリが、どこか嬉しそうに声をかけてくる。

「別に優しくねーよ。ただ、ああいう頑張り屋さんを見ると、ついつい手を貸してやりたくなる癖があってだな」

「そういうのを優しいって言うんだよムスロ」

「はいはい、そうですか」

 俺は自分で蹴ってグチャグチャにしてしまったお盆の中の食べ物を少し整理してから、お盆を持ち上げて席を立つ。

「ちなみに王家の賜り物である食事をダメにしたら何か罰でもあるのか?」

「そんなのがあれば皆、気楽に食事をしていないよ。もちろん程度によっては怒られるだろうけど、ムスロのはつまずいて落としたで大丈夫だよ」

「だよなー」

 罰が無いなら無いにこしたことはない。

 しかし、ワイズの野郎、無い罪をでっちあげてまでのいじめか。
 まー、ああいう腐った奴は本当に卑怯な事を考えるのが得意だからな。

「なんかパンでももらって、後は部屋で食うわ」

「じゃあ、僕もそうするよ」

「いいよ別に付き合わなくて。お前は残りを食べろよ」

「――断固、断る!」

「なんでだよ!」

 ウェンダリがあまりに真剣に拒否するので俺は思わず半笑いで突っ込む。

「部屋で語らいながら食事をするのも僕の夢なの!」

「……またそれか」

 俺がため息混じりに歩き出すとウェンダリも楽しそうに後をついてくる。

 そんな俺の後ろ姿を三つ編みメガネのメイはじっと見つめているのだった。
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