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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第2話 他人の人生でリスタート

 勇者としての全てのみならず更には肉体までを奪いさり、見知らぬ異世界に放り捨てるというかつての仲間達の鬼畜な所行を前にしても即座に立ち直る俺。

 こちとら勇者をやっていたんだ。

 数多くの絶望をねじ伏せて成長してきた俺の精神力を舐めてもらっては困る。

 とりあえずだ。

 これから自由に生きるとしても、この肉体の元宿主であるムスロという若者の人生と人間関係を全否定して0から再出発というのも、あまり効率的とはいえないと俺は考えた。

 この異世界に関する情報収集も必要だし、0から再出発するかは後から決めても遅くはない。

 ならば、それなりにムスロとして生きる覚悟が必要だ。

 となると、俺の本名「英一」はもはや邪魔になることになる。

 よし、今日から本名の「英一」は封印だ。

 俺の名前はムスロ。

 俺の名前はムスロ。

 俺の名前はムスロ。

 呪文の様に呟く。

 白目で泡の後は、急に何やらブツブツと呟き始めた俺を見てますます心配そうになるユズコ先生。

「お、おいムスロ。今日の授業はもう休め」

 ユズコ先生に呼ばれた「名前」と「内容」が、自分に向けられたものであると脳に認識させてから反応を返す俺。

「……あー、大丈夫ですユズコ先生。少し頭を打っただけですから。今日の授業は引き続き出ます」

「いやいや、無理はするなムスロ」

「いえ、断固、頑張ります!!」

 俺の異様な意気込みにユズコ先生は少したじろぐ。

「わ、分かった。ただし無理はするなよ?」

「――はいっ!!」

明らかに本来のムスロらしくない受け答えだったのだろう。

 ユズコ先生は、「やはりどこか打ち所が悪かったのだろうか?」と呟きながら離れていくのだった。

 ……ふん。
 最低限の「ムスロのふり」はするが、ムスロそのものらしくなんて生きてやるものか。

 俺の人生は俺の物だからな。

 俺は右手のガントレットを外すと、鼻からたれる鼻血を手の甲でごしごしと拭き取る。

 俺もそうみたいだが、周りは皆、見た感じ高校生程度の若い男子や女子ばかりで、一様に騎士らしい全身鎧を着込んでいる。

 ただし、頭にはフルフェイスのヘルムを被ってはおらず皆、顔をさらけ出している。

 そんな状況の中で、あのユズコとかいう女性が先生と呼ばれているというのを考えるに
つまりは、ここにいる若者達の教師であるわけだ。

 となれば、ここは何かの学園ということか。

 そして、俺もその生徒達の一人となるわけだな。

 この肉体の元の宿主さんの記憶を引き継いでいるわけではないから、状況的に理解して判断するしかないんだよな。

 ま、俺的には元の宿主と同居とか勘弁だから絶対に今の方が良いけれども。

 知らない事は、知ればいいだけだし、これからの努力で何とでもなる。

 俺は、鼻血を拭いてから、その場におもむろに立ち上がるのだが、周りの生徒達は誰も俺に視線を向けなかった。

 まるで俺が存在しないかのような扱いだ。

 まさに空気レベル。

 なるほど、先程の舐められっぷりでも理解はできたが「そういうこと」なんだな。

 この空気感、俺も知らないわけじゃない。

 元の世界に居た時の中学生時代を思い出すわ。

 俺も一時期「いじめ」をくらったことがあるからな。

 どこの世界に行こうとも、そこに人間の集団がある限り、こういうものもまた無くならないものなんだな。

 俺はあえてわざとらしく「ふん」と鼻を鳴らす。

 俺は外したガントレットを右手に着け直しながら舌なめずりをする。

 こちとら、あの頃のひ弱なただのガキじゃないんだ。

 この肉体はこいつらと同じ16~18歳程度なんだろうが、中身である俺の経験値は既に25歳の成人でもあるし、そもそも前の異世界で壮絶な地獄を潜り抜けた勇者様なんだぞ。

 まー「元」だけれども。

 確かに失った物は多いが、この魂に染み着いた経験は伊達じゃない。

 こいつらの「いじめ」など、もはや、俺にとってはどーでもいいレベルだ。

 ただし、俺に蹴りを入れたさっきのあのクソガキ。
 お前は許さんぞ。
 必ず復讐してやるからな。

 俺が思考を整理している内に、ユズコ先生が「集合」と張りのある声を出す。

 ユズコ先生の前に生徒達が集まるので俺も輪の最後尾に連なる。

「いいか、お前達。スライムとはいえ油断は禁物だぞ。粘体なので鎧の隙間に入られては、消化液で火傷を負う危険性があるからだ。だからといってムスロのように、必要以上に慌てて気絶しないように。気絶している間にスライムに食べられてしまうぞ」

 ユズコ先生の言葉に生徒達は失笑する。

 この体の元の宿主はスライムに驚いて気絶したらしい。

 だが、俺がこの肉体に入っているということは、元の宿主は気絶では無く「死んだ」のだけれどもな。

 きっと驚き過ぎて心臓発作でも起こしたのだろう。

 それにしても、スライム相手に心臓発作か。

 皆は気絶だと思っているようだが、それでもこいつらには馬鹿にされるわな……。

 だが、俺は馬鹿にはしないぞ。

 そんな超ビビリな元宿主なくせに、この学園で頑張っていたんだからな。

 きっと、誰に笑われてでも追い求めたい何か夢とかがあったんだろうな。

 そう思うと、俺は夢半ばで死んでしまった元宿主の御霊に手を合わせられずにはいられなかった。

 俺は、俺という存在を皆が空気扱いするのを利用して、授業中の生徒達の最後尾で一人合掌した。

 安らかに眠れよ本家ムスロ。

 しかし、皆が俺を空気扱いしている中であいつだけは違った。

「おい、うすのろ。授業中に女子の尻を拝んで何やってんだ?」

 先程、俺の顔面に豪快な蹴りを叩き込んでくれたいかにも「いじめっ子」な男子が、「にやにや」しながら近寄ってくる。

 確かにそいつの指摘通り、生徒達の中で一番身長の低い俺の合掌は、目の前の女子の尻を拝んでいるような格好だった。

 そのクソ男子の声が聞こえたのか、尻を拝まれたと思った女子が俺のことを虫でも見るような目で見ながら、「気持ち悪い」と呟いてその場を去っていく。

 ああ、そうだよな。

 いじめられる者は、他の生徒達にとっては基本的に空気だが、一部の奴からは常に注目の的なんだよな。

 それは、もちろん「いじめる側」だ。

 実際に、皆が授業に集中しているというのに、こいつときたらずっと俺を観察していたのだ。

 俺に対する興味度はまさに異様であり、執着であり粘着質である。

 実際、粘り付くように俺に寄ってくると、切れ長の目を更に細めて威圧してくる。

「おいこら、うすのろ。さっきはよくも生意気な口を俺に聞いたな。とりあえず土下座からの靴舐めで丁寧な謝罪をしーの、そして、そのまま土下座スタイルで小便漏らし決定な。ほら、今すぐやれや」

 嫌らしい笑みを浮かべながら、いじめ野郎が俺の首を腕でロックしようとする。

 いじめ野郎は身長が高く体格も良い。
 俺がもう一人の俺自身を肩車して、やっと同じぐらいかという身長差があるので、ここで体重をかけられつつ首を絞められては無様に喘ぐしかない。

 俺は即座に「パン」と片手でいじめ野郎の腕をはたく。

「――な!?」

 今まで一度も反撃をされた事がないのだろう。

 特に力を込めてもいなかった
 いじめ野郎の腕が横にいなされる。

 俺はそのままいじめ野郎の右横に回って、いじめ野郎の右膝裏を自分の右足の裏で蹴り込む。

 無様に「がくん」と片膝を地面についたいじめ野郎の顔がちょうど俺の目線とぶつかる。

 俺は躊躇せず、いじめ野郎の顔面にガントレット装備の右の鉄拳をぶち込んだ。

「――死にさらせっ!!」

「――ガッ!?」

 俺の鉄拳をくらったいじめ野郎がその衝撃にのけぞる。

 くそ、悪い意味でさすがはムスロの肉体だ。

 昔の勇者な俺の一撃なら首の上を吹き飛ばしてやったものを。

 ええい、一発が弱いなら数を打つしかねー!

 俺は左の鉄拳を振り抜くがあっさりと避けられる。

 即座に立ち上がったいじめ野郎が体を奮わせながら、額にいくつもの血管を浮かばせている。

「……なんなんだこれは。あぁぁっ!? うすのろのくせに俺を殴るだと!? おめーマジで死にたいみたいだな!!!」

 巨体が俺を見下ろしながら、いじめる側らしい無茶な論理で凄む。

 だが、こんなクソガキに凄まれた所で魔王達に四方を囲まれた時の事を思えば、俺には何の感情もわかない。

 むしろ、平常心過ぎて眠いぐらいだ。

 ただ、一つ沸き上がる感情があるとすれば、俺を舐めた奴は許さないという事だけだ。

「――馬鹿かお前は。俺を殺すという事は、お前も殺される覚悟を持っているんだろうな? いいか、よく聞けよいじめ野郎。俺がいつか闇にまぎれて、命懸けでお前の背後を襲って刺せば、最悪でも道連れには成功するんだぞ? それだけのリスクを負うほどの覚悟を持って俺にちょっかいをかけているんだろうな!!!」

 俺の一喝にいじめ野郎は一瞬だけ唖然とするが、やはり長い日々をかけて、いたぶってきた弱者からの恫喝に屈するのは納得できないらしく、「黙れっ!!」と叫びながら殴りかかってくる。

「返り討ちにしてやるぜ、いじめ野郎が!!!」

 勢い良く俺も応戦するが、ユズコ先生が止めに来るまでの短い間に一方的に数発の連打を浴びてしまい無様に負けた。

 その後、俺といじめ野郎はユズコ先生の説教をくらい、そのせいで授業時間が過ぎてしまい授業は終了となってしまう。

 しかも、そのまま現地解散で帰宅となった。

 俺のいじめ野郎に対する勇気ある反撃に対して、周りの生徒達の評価は驚く程に微塵も無く、むしろ、あの「うすのろ」が何を調子に乗ってはしゃいでいるんだ? という雰囲気に包まれていた。

 ま、そりゃそうだよな。

 人を蔑むという汚い心は知らない間に己の命の奥にまで染み込んでしまうものだ。

 人は簡単に変われるものではない。

 だが、心が乱れれば人相も悪くなるように、その汚い心がいつか自分自身をも腐らせることをその時になって後悔すればいいさクソガキ共。

 俺は、そういう哀れな奴をごまんと見てきたんだからな。



「……」

 生徒達が解散して帰宅し始める中、一人ぽつりと見知らぬ地に佇む俺。

 ああ、くそ。
 蹴られたり殴られたりしたから顔のあちこちが腫れて痛い。

 あのいじめ野郎、本当にいつかぶち殺す。

 と、それよりも、どうしたものか。

 俺はどこに帰宅すればいいのか全く知らないんだが……。

 他の生徒達に聞いた所で、普通、友達でもない、ましてやいじめられっ子の俺の家なんて知らないだろうし。

 ユズコ先生に聞こうにも、さっさと帰ってしまったみたいだし……。

 うーん、誰かに学園の場所を聞いて学園の職員室にでも行って聞いてみるか。

 生徒の情報ぐらい管理しているだろうし。
 最悪はユズコ先生を呼び出してもらえればいいか。

 俺はとりあえず皆が帰っていく方角に向かって足を向けようとすると、背後が騒がしい事に気がつく。

 俺はその場所をちらりと眺めて見ると、そこには小さな人だかりができていた。

「ねーねーウェンダリ君。私と一緒に帰らない?」

「いえ、ウェンダリ君は私と帰るのよ!」

「何を勝手に決めているのよあなた!!」

「あなたこそ何よ!!」

 人だかりは全て女子で、その中心にいる一人の美少年を必死に取り合っているようだった。

 美少年は銀色の髪を丸みのあるショートボブカットにしており、毛先が軽やかなシャギーになっている。

 何とも美しい顔立ちをした少年は、困り顔ながらも笑みを絶やさない。

 そんな美少年は俺の視線に気がつき、ふと目線が重なった瞬間、慌てて取り巻きの女子達に何かを言うと、むくれる女子達の輪を切り抜けて俺の方に駆け寄ってくる。

 美しい銀色の髪と同じ、高級そうな銀色の鎧をまとい、背丈は俺よりも少し高いぐらいだ。

 ただし、俺はチビすぎるので男子としては低い方だろう。

 それにしても、俺の鎧は平凡な鉄鎧なので、この美少年の高そうな鎧からすると、金持ちか、それとも地位が高い者なのか。

 俺が無言で美少年を眺めていると、美少年は緊張しているのか、少しだけ言葉を詰まらせながら声をかけてくる。

「だ、大丈夫? ムスロ」

 俺は「俺の名前」を呼んでくれる生徒がいる事に驚くが、残念ながら俺は彼を知らないので、それを隠すことなく直球で名前を聞いてみることにする。

「あんた誰?」

「――えっ!?」

 銀髪の美少年はよほどショックだったのか、瞳を潤わせて泣きそうになる。

「ああ、悪い。さっきの気絶で頭を打ったらしくて、どうも細かい記憶があやふやなんだ。決して意地悪ではないから俺を助けると思って教えてくれないかな?」

「え? ああ! やっぱりそうなんだ。 さっきから行動も少し変だし、そういう事だったんだね。僕の名前はウェンダリだよ。どう、思い出した?」

「うん、思い出した。ウェンダリだな」

 もちろん思い出すわけがない。

 なにせ俺は元々「知らない」のだから。

「あの……僕と話をしてくれるんだねムスロ」

「ん? なにそれ、どういう意味?」

「え? だって、前にムスロが、僕みたいな誰にでも好かれるような偽善者とは口も聞きたくないって言ってたから……」

 わお、元宿主、いじめられっ子をこじらせて、かなり卑屈な性格になっていたようだな。

 俺は手をひらひらと振る。

「あーごめんごめん。あの時は上手くいかない人生に悩んでて、いじけていただけなんだ。自分の苛立ちをぶつけて悪かった」

 俺はぺこりと頭を下げる。

 それに驚いたのか、思わずウェンダリも頭を下げる。

「え? あ? いえ、僕の方こそ、ムスロが悩んでいたなんて知らなくてごめんね!」

「いや、悪いのは全部、俺さ。今日からは生き方を変えると決めたから、もし良かったら仲良くしてくれないか?」

 俺の言葉にウェンダリは信じられないといった感じで驚いた後、満面の笑みを浮かべる。

「も、もちろんだよムスロ!」

 ウェンダリは俺の手を両手で握りしめると、ぶんぶんと上下に振りまくる。

 なんだ、良い奴もいるじゃないか。

 元宿主も卑屈にならずに心を開いておけば、もう少し違った人生になったろうに。

 いや、そうなると色々と流れが変わって、俺はこの体に入れないわけか。

 人生ってのは本当に不可思議だよなー。

「あ、そういえば、俺の家ってどこだか分かるかな?」

「えー! 何を言ってるのさムスロ。僕達は同じ寮の相部屋同士だろ」

 ウェンダリの言葉で俺はなるほどと思った。

 ウェンダリは誰にでも好かれる美少年らしい。

 女子にはモテモテ。

 きっと男子の友達も多いのだろう。

 そんなウェンダリの事だ。
 きっと元宿主にも優しく接しようとしたに違いない。

 だが、卑屈な元宿主はウェンダリの優しさを信用できずに拒否し続けていたと。

 そんな気まずい関係なのに、勇気を出しつつ俺を心配して声をかけてくれるとは、かなりのええ子やね。

「ああ……確かそうだったな。相部屋だったわ。うん。今、言われて思い出した。じゃあ、とりあえずその寮と部屋の場所がまだ思い出せないから、俺を連れて帰っておくれウェンダリ」

「もう……本当に大丈夫なのムスロ?」

 心配そうに眉根を寄せるウェンダリだったが、やっと部屋仲間と打ち解ける事ができた嬉しさからか、口元は微笑みの形に緩んでいた。

 俺はウェンダリに見知らぬ街中を連れられて、無事に学園の寮へと帰るのだった。
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