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よあけの部屋

□ 伝説になる騎士は元勇者(改) □

第1話 見た目はデブでチビ、でも中身は元勇者

 その日、一人の若者が皆が見守る中「誰にも知られずに」息を引き取った。

 何せ、皆はただ単に彼が「いつも」の「気絶」をしたのだろうと思っていたからだ。

 誰もまさか彼が「死んだ」とは思わなかった。

 そんな彼の肉体からは「魂」が抜け出して宇宙へと溶け込んでいく。

 もう二度と彼の「魂」は、ここには帰ってこない。

 やがては、何らかの生命体へと生まれ変わる事だろう。

 後に残された彼の空っぽの肉体は、通常ならば先人達と同じように燃やされて灰へと変わってゆく運命である。

 だが、宇宙の摂理を強引に捻じ曲げて瞬時に彼の肉体に入り込んだ新しい「魂」があった。

 それが、前の異世界で「救世の勇者」にまでなった英一である。


 ――あー気持ち悪い。
 異世界転移ってぐにょりぐにょりしてて酔うよな。
 でもまー、元の世界に帰って来たことだし、もう二度と酔うこともなかろうさ。

 まー、丁度、寝転んでいる状態なようだし、しばらくこのまま目眩が収まるのを待とう。

 俺は目眩が収まってからゆっくりと目を開けると、水中に潜っていたかのように「ぷはー!」と大きく息を吐き捨ててから息を吸い込む。

 いやー。
 帰ってきたよ俺。
 ただいま元の世界!

 俺はそう思いながら周りを見渡すが、そこにはコンクリートジャングルな風景も西洋服な現代人達もいなかった。

 むしろ、前の異世界の雰囲気に近いなと思う。

 なにせ仰向けに寝転んでいる俺を覗き込んでいた人物が騎士そのものな鉄の鎧を着込んでいたからだ。

 草原の真ん中で俺を覗き込んでいたのは、ふち無しメガネをかけた妙齢の女性騎士だった。

 青色の髪を後ろで巻き上げており清潔感と共に威厳が漂っている。

 女性騎士は寄せていた眉根を緩めると少しだけ柔和な微笑みを口元に浮かべる。

「大丈夫かムスロ?」

 ん? ムスロ?

 俺は慌てて地面から上半身だけを起きあがらせると、自分の手を見たり体を見たり顔や髪を触ったりする。

 鏡が無いので絶対の確信は得られなかったが、ほぼ9割以上の確率で「自分の体では無い」事に気がついた。

 なにせ、元の体よりも異様に肉付きが良いし、更には足が短いのが一目瞭然(いちもくりょうぜん)なのだ。

 あ、あいつら、なにが「せめてもの情け」だ。

 人間風情が神の領域である「異世界転移」などという奇跡を簡単に発動させられるわけがなかったんだ。

 あいつら見事なまでに失敗しくさりおって!
 追い返すならばちゃんと元の世界に帰せよバカ!!

 いやいや、元の世界に戻れないのはこの際、百歩譲って許すとしよう。

 それよりも重大というかヤバイのが肉体の転移に失敗しているという事だ。

 この肉体は明らかに他人の物。

 つまりは、俺は肉体を失い「魂」だけでこの異世界に転移し、そしてこの他人の体に入り込んだ。というわけになる。

 ……え、嘘? やだヤダやだ。

 俺があの異世界で築きあげた「救世の勇者」としての地位、名誉、権力、金を失っただけではなく大事な肉体までを失ってしまったん?

 ってアホかぁぁーーー!!!

 舐めとるのかあのクソ共ーーー!!!!

 これじゃあ「異世界転移」じゃなくて「異世界放棄」だろうがボケーーー!!!

 俺は呆然とした表情のまま心の中で大絶叫した。

「……ほらなユズコ先生。いつもの気絶だったでしょ。どうせ「うすのろ」の事だ。また小便を漏らしているかもしれないから、あまり近づかない方がいいぜ」

 騎士姿の若い男女達が呆然としている俺の周りに何十人と立っており、皆、一様に蔑むような目線で俺を見下ろしている。

 今の侮蔑的な物言いをした体格の良い切れ長の目をした男子が、唇の右端を釣り上げながら鼻で笑う。

 いくら呆然としているとはいえさすがに聞き流せる台詞では無かった。

 俺は即座にその男子に言い返す。

「……あん? なんだお前。お前が小便漏らすぐらい、どつきまわしてやろうか?」

 こんなクソガキに舐められるほど俺は落ちぶれてはいない。

 そもそも俺はゲームなどでよくいる病的なほどの優しさを持つ勇者様ではない。

 礼儀には礼儀で応えるが、拳には遠慮無く拳で応えるのが俺の流儀だ。

 こちとら幾千の戦場を越え、何十万の仲間の屍を踏み越えて、血の涙を流しながら世界に平和をもたらした勇者様だぞ。

 口のきき方に気をつけろ。

 俺のドスの聞いた言い返しに俺を侮辱した男子を含めて周りにいた全員が「ギョッ」と目を見張った。

 しかし、皆を驚かせた当の俺自身も実は別の意味で驚いていた。

 なにせ、自分の口から発せられた声色が明らかに自分の聞き慣れたものではなかったのだ。

 うわー、これもう絶対に俺の肉体じゃ無いな。
 というか、この状況から見てもこの肉体の主は今までここで、彼らと関わりながら生活していたのは明らかだもんな。

 まじかー。

 いきなり他人の肉体で他人の人生を途中から始めるパターンですかー。

「――グッ!! この「うすのろ」が!! 気絶して頭でも打ったか!! それなら、俺が思い出させてやるよ!!」

 男子は鉄の装甲に覆われている片足を後ろに振り上げると、まるでボールを蹴るかのように俺の顔面に振り下ろしてくる。

「――や、やめなさい!!」

 ユズコ先生と呼ばれたふち無しメガネをかけた妙齢の女性騎士の叫び声が響きわたるが、男子は動きを一切、緩めない。

 俺はその足の動きを眺めながら鼻で笑う。

 バカかこのクソガキ。
 そんな蹴り、当たるわけねーだろ。
 こちとら凶悪な魔物達と命を懸けて斬り合いをしてたんだぞ。

 俺は即座に回避行動に移る。

 が、全く体が動かなかった。

 それは異世界転移による後遺症などではなく、明らかに神経の伝達が鈍重なせいだった。

 ――え、嘘だろ!?

 動け!! 動けよ!! 俺の体!!

 だが、俺の魂が宿った体は数cmしか動かず、渾身の男子の蹴りを顔面に食らうのだった。

「――うぼあっ!!!」

 俺は鼻血をまき散らしながら無様に後ろに転がっていく。

「思い出したか、このうすのろ! 今度、調子こいたら殺すからな!!」

 男子は未だ怒りが収まらないのか眉間に血管を浮かばせながら後ろに下がっていく。

 今の一連の流れは周りの者にとっても日常的な光景だったようで「なんだ……やっぱりいつものムスロか」という感じで皆、俺に興味を失うのだった。

 周りの若者達が友達同士の雑談に戻る中、ユズコ先生と呼ばれている女性騎士がため息混じりで俺に近寄ってくる。

「おい、大丈夫かムスロ」

 見た目通りの稟とした声で気遣ってくれるのだが、俺はショックでそれどころではなかった。

 おいおい、何だ今のは……。
 あんなクソガキの蹴り一つ避けられないだと!?

 ということは、え、何、嘘、やだっ!?

 俺は地位と名誉と権力と金と、更には両親から頂いた大事な肉体まで失ったばかりでなく、まさかの勇者としての「力」まで失ったというのか!?

 元の世界に帰ってきたのならば全てを失っても納得ができるが、ここは新たな異世界っぽいのに完全無能状態!!

 あばばばばばばば!!!
 俺は白目を向いて発狂した。


・身体能力ブースト(チート)

・俺専用の必殺技(チート)

・地道に経験値を積んだ分の身体能力と魔力。

・ロマ○ガ風に閃いた数多くの必殺技と魔法。


 それらが全て水の泡。
 ついでに俺の口からも泡が出る。

「……ぶくぶくぶく」

 白目を向いて泡を吹きだした俺を見てユズコ先生が慌てる。

「お、おいムスロ!! しっかりしろ!!」

 たかだか一発の蹴りを食らって白目を向いて泡を吹き出し始めたと思った皆は、蔑みに哀れみを加えた目で俺の事を見るのだった。

 な、なんて事だ。
 まさか、こんな目に合わされるとは思いもしなかった。

 俺の全てを奪って、こんな見知らぬ異世界に放り捨てるだと?

 確かにあいつらには悪い事をしたと思っている。

 でも、それでも、俺はお前達の絶望に光を灯し、生きるという未来を切り開いた勇者なんだぞ?

 お金はまた働けばいいじゃないか。

 生きているからこそ働けるじゃないか。

 取り返せるじゃないか。

 それなのに、この仕打ち。

 あまりに無慈悲、非道、極悪。

 これでも、皆の為に頑張ったんだぞ。

 折れそうになる心を常に奮い立たせて皆の為に先頭を走ったんだぞ。

 それなのに、それなのに……。

 あーもう、くそったれ!!

 もうやめたっ!!

 勇者なんかやってられるか!!

 誰かの為に頑張っても、良いことなんて少しもないじゃないか!

 あー、やめだやめだ。

 もう勇者はやらない。

 今度は自分の為に好き勝手に生きてやる!!

 あー、そう思うと無理してたわ俺。

 勇者らしくあろうと無理してたわ、うん。

 結局それも原因の一つで最後、酒と女で壊れたようなもんだからな。

 今度はもう仮面を被るのはやめだ。

 勇者の仮面はもちろんの事、この肉体の主であるムスロとかいう奴の仮面も被ってやるもんか。

 もちろん、最低限は怪しまれないようにはするけれど、ムスロらしくなんてやってやらねーからな。

 もう、徹底的に俺らしく生きてやる。

 あーくそ!!
 見てろよあいつら!!

 俺に罰を与えてへこませたかったのだろうけど徹底的に楽しんでやるからな!!
 幸せになってやるんだからな!!

 勇者のポジティブさを舐めるなよバーカ!!!

 俺は白目で泡を吹き出しながら、かつての仲間達に呪詛を送りつつこれからの希望を燃え上がらせるのだった。
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