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よあけの部屋

□ 鋼鉄の乙女達と命令使い □

第8話 命令使い

 真之は逃げなかったわけではない。
 実際には逃げたのである。
 椿が決死の突撃をした瞬間、彼女の思いを無駄にしない為にも飛び跳ねるようにその場から駆け出したのだ。

 背中から聞こえる凄まじい銃撃音。
 そこから離れるように一心不乱に走り続けた。
 だが、真之は椿を置き去りにした場所から離れれば離れるほど、心がドロリと腐り果てていくような錯覚に襲われてしまう。
 命を長らえたというのに、真之の心には少しの安堵も無く、嬉しさも無かった。
 どんな理由であれ、自分が招き入れた部下をいきなり自分の為に使い捨てた事に違いは無いのだ。

「……なにが『君達「武装擬人(ヒューマノイドアームズ)」を物扱いするつもりは無い』……だ」

 真之は廃墟が散らばる荒野の真ん中で立ち止まる。

「俺が椿の上官だというのならば、最後まで付き合ってやらなくちゃいけないんじゃないのか!?」

 真之は胸をかきむしるように両手で軍服を鷲掴みにする。

「俺の部下になればいい、所詮はたかが言葉だけの契(ちぎり)じゃないか。だというのに、椿は俺の為に部下として命を懸けてくれた……」

 真之は俯いていた顔を晴れ渡る天に向ける。

「これで良いのか真之!! これでっ!?」

 真之は心の混沌を吐き出すかのように大声を上げた。

「――いいわけがない! そんなことでいいわけなどないんだ!」

 真之は気合を入れるように自身の頬を両手でパンパンと力強く叩く。

「異世界に来て以来、死ぬ覚悟は決めていたはずだ! ならば、後悔の無いようにやれることを最大限やろう!!」

 真之は腰のサバイバルナイフを抜き取って柄を握りしめる。
 その表情には既に迷いは消え失せ、鋭い双眸が「ギラリ」と獣の様に光っていた。

 真之が漢(おとこ)として、そして軍人である上官としての覚悟を決めた瞬間、ふと、真之の心の中に金色に光る文字が浮かびあった。

 それはたった二文字の何気ないありきたりな言葉。

 だが、それが真之の心の中で煌々と輝き放つ。

「なんだ……これは?」

 だが、真之は直感する。
 この異世界、この戦闘形式、そして現在の状況においても関連するこの二文字には何か意味があると。
 もちろん何の確証も無かったが、真之はその場で反転すると命懸けで戦う椿の元へと駆け戻っていく。
 真之は知る由もなかったが、今やその両目は怒りに呼応するかのように「黄金色」に輝いていた。




「――椿ぃぃぃぃ!!!!!!!!」

 瓦礫に乗り上げたせいで傭兵狩りに取り囲まれ、無抵抗のままで突撃銃の銃弾を浴び続けられていた椿が、力を振り絞るように砲塔を回転させて真之の姿を確認するような素振りを見せる。
 その動きで、椿が自分を見ていると直感した真之は、即座に心に浮かんでいた光り輝く二文字の言葉を叫んだ。

「――砲撃ぃぃ!!!!」

 真之は心に浮かんでいた二文字の言葉「砲撃」を力一杯に叫んでみるが、残念ながら何も起こらなかった。

 だが、真之は諦めない。

 自分の直感を信じ、命懸けでここに戻ってきたのだ。
 諦めるなどという選択肢はもはや無いのである。
 真之は何度もこの言葉を連呼する。

「――砲撃!!! 砲撃!! 砲撃ぃぃ!!!」

 だが、やはり何も起こらなかった。
 急に何事かを叫びだした真之に、傭兵狩り達は銃撃を止めると皆で「ヘラヘラ」と笑みを浮かべる。
 その瞳は一様に可哀想な者を見るような哀れみの目で真之を見つめていた。

「おいおい、あの軍人野郎が砲撃砲撃と叫んでいるが、もしかしてこのチハ型戦車ノイドは砲弾が残っているのか?」

 傭兵狩りの1人が仲間にそう問いかけると、傭兵狩り隊長が鼻で笑う。

「砲弾があればさっさと撃っているだろ。砲弾が無いからこんな無茶な突撃をしたあげく、このザマってなもんだろが」

 傭兵狩り隊長は突撃銃の銃口を真之に向けて弾丸を発射する。
 真之の体の側を弾丸が風切り音を上げて駆け抜けていく。
 1発当たるだけでも死ぬかもしれない死の風切り音を聞いた瞬間、真之は思わず壁の下にしゃがみ込んだ。
 それを見た傭兵狩り隊長が高笑いを上げる。

「ぎゃはははは!!!! 上官さんが必死に叫んでいたようだが、あら残念!! モグラみたいに隠れちゃいましたぁ~!!」

 真之をバカにした言葉に、他の傭兵狩り達も楽しそうに笑い声を上げる。
 真之は自分をバカにする笑い声などはどうでもよかった。
 それよりも、直感を信じた命懸けのこの行為が何の意味も成さなかった事が、とても悔しくて仕方がなかった。

「くそ!! これならば、まだナイフ一本で物陰から突撃するほうがマシだった!!」

 真之は歯を力一杯に噛み締めながら拳を握りしめる。

「――なぜだ!! どうして何も起こらない!! これは本当に俺の勘違いなのか!? ゲームのような異世界転移者らしい特殊能力は俺には何一つ無いというのかっ!?」

 壁の下に隠れた真之に対して傭兵狩り隊長は嘲りの言葉を続ける。

「そうそう、命令の1つも満足に出来ない軍人は、そこで黙ってヘタレてな!! さあ、兄弟!! 戦車ノイドを追い込む仕上げをするぞ!! あの軍人を血祭りにあげるのはその後だ!!!」 

 傭兵狩り隊長の号令を受けて傭兵狩り達は突撃銃の銃口を椿に向ける。
 傭兵狩り隊長及び傭兵狩り達は、ヘタレ軍人である真之は壁の向こう側に座り込んで震えているのだろうと想像していた。
 それはあながち間違いでは無かった。
 事実、真之は座り込みながら全身を小さく震わせていた。
 だが、それは恐怖からくる怯えによる震えではなかった。
 傭兵狩り隊長の言葉を聞いた瞬間に、真之の体に電撃が走ったがゆえの興奮の震えだった。

「(……命令? ……俺は「軍服」を着ている。つまり俺は「軍人」らしい……、そして椿は俺の「部下」……、心に浮かんだ光り輝く不可思議な二文字「砲撃」、荒廃した異世界、軍組織、上官と部下、軍人かつ上官としての特殊能力、不可思議な二文字、命令……。命令!? そうか! 命令かっっ!!!!)」

 傭兵狩り隊長の嘲(あざけ)りの言葉から答えを導き出した真之は、確信を持って再度、立ち上がる。

 傭兵狩り達は最後の仕上げにかかることに夢中で、真之がまたも立ち上がった事に気が付かなかった。
 真之は黄金色に光る両目で椿を見つめつつ、間髪入れずに右の拳を突き上げながら叫んだ。

「――椿ぃぃぃ!!!! 傭兵狩りに対して『砲撃』せよっっっ!!!!!」

 真之自身も椿は既に砲弾を持っていないことを知っている。
 しかし、心に浮かんだこの文字を言えば「何かが起こるかもしれない」という自分の直感を信じてここまで戻ってきたのだ。
 今更、バカバカしいなどと冷静に揶揄(やゆ)することには何の意味も価値も無かった。
 真之にできることは命懸けでこのふざけた直感を信じることだけである。
 この直感が本当に意味をなさないものならば、後はナイフ一本で決死の突撃を敢行するだけだった。

 真之の「命令」が椿の聴覚に飛び込んでくる。

「(雪村様……そうは言われても私にはもう砲弾が……)」

 だが、次の瞬間、なぜか椿の主砲ハッチが自然と開き装填作業が勝手に始まりだしたのだ。

「(あれ……何これ……?)」

 椿にとっては何とも言えない不思議な感覚だった。
 砲弾が無いのに、砲弾を装填しているのである。

 無いのに有る。

 矛盾した感覚を前に戸惑いつつも、砲弾の装填が終了する。
 無いはずの砲弾が、椿の感覚的には今、確実に主砲に装填されていた。

「(……撃てるの? 私、撃てるの?)」

 戸惑う椿を後押しするように真之の叫び声が響き渡る。

「――椿ぃぃぃ!!! 撃てぇぇ!!! 撃ってくれぇぇ!!!!」

 椿は最後の力を振り絞り、砲塔をガコガコと無様に回転させて眼前の傭兵狩り隊長に主砲の照準を合わせる。
 それを見た傭兵狩り隊長は怯えるどころか鼻で笑い飛ばした。

「おいおい、弾切れのくせに撃てとか、そしてそれを聞いて撃とうとするとか、こいつら薬でもキメてやがるのか!?」

 傭兵狩り隊長の言葉を無視して、椿は本当の本当に最後の力を振り絞って真之の言葉を復唱する。

「……チ、チハ型、椿! 砲撃しますっっ!!!!!」

 次の瞬間、チハ型、椿の主砲の先から凄まじい轟音(ごうおん)と共に真っ赤な炎が吹き出し、無いはずの砲弾が撃ち放たれる。

 傭兵狩り隊長に至近距離で直撃したせいで、傭兵狩り隊長は叫び声を上げる間も無く木っ端微塵に吹き飛び、地面に着弾した砲弾が炸裂して隣にいた傭兵狩りも吹き飛ばした。
 着弾部分の反対側にいた傭兵狩り2名は無事だったが、まさかの戦車ノイドによる砲撃を前にして、慌てて脱兎の如く逃げ出していく。

「――くそが! 弾切れじゃねーのかよ!!」

「――おいおい、ふざけんな! 砲弾の残っている戦車ノイドなんかと戦えるか!!」

 逃げ出した傭兵狩りの2人は、椿が弾切れでは無く装填不良であったと判断したのである。
 今まさに砲撃が成功した以上は次弾もあると考え、傭兵狩りの2人は仲間の遺体など気にする様子もなくさっさとこの場から消え去るのだった。

 もはや本当に精も根も尽き果てた椿は、その場で戦車体を解除して地面に倒れ込んだ。

「――椿!!!」

 地面に倒れこんだ椿の元に駆け寄ろうと真之は足を動かそうとするが、なぜか膝に力が入らずへたりこむように倒れこんでしまう。

「――うわ!?」

 真之は倒れこんで初めて自分がとても疲労していることに気がついた。
 鉛のように重くなっている体を両手、両膝をついた四つん這いの姿勢で支えながら、息苦しい肺に深呼吸で一生懸命に酸素を送り込む。
 黄金色に輝いていた両目は、既に元の黒色に戻っていた。

「まさか、今の不思議な「命令」を指示した副作用か……。これはまた、きついな……」

 真之は何とかゆっくりと立ち上がると、体を左右にふらつかせながらも何とか椿の側まで歩いて行く。

「大丈夫か椿……」

 真之は肌があざだらけの椿の側に膝をついて座り込み声をかける。
 椿は閉じていた目をゆっくりと開くとか細い声で応えた。

「雪村様……私、撃てました……」

「ああ、良くやったぞ椿。本当によくやった」

 真之は椿の頭を「ぽむぽむ」と撫でてあげる。

「えへへ、褒められて、嬉しいです……」

 椿は力の入らない右手を何とかあげようとするので、それを真之が両手で掴んで握りしめる。

「どうした椿?」

「私……もう砲弾が無かったのに撃てました……。砲弾が無いのに、有ったんです」

「ああ、そうだな。凄い一撃だったぞ」

「雪村様が撃てと命令してくれたら……なんだか撃てる気になってしまったんです」

「……そうか」

「私、仲間から聞いたことが……あります」

 椿は満身創痍(まんしんそうい)でボロボロの状態だというのに、その瞳をらんらんと輝かせながら真之を見つめた。

「不可能さえも可能にする「命令」を使う指揮官。「|命令使い(コマンダー)」という凄い指揮官がいるということを……」

「命令使い……」

「さすがは雪村様です……。そんな凄い上官殿の部下になれて……椿は本当に……本当に幸せです……」

 椿はそう呟くと、静かに目を閉じていく。

「――おい! 椿! しっかりしろ!」

 真之は必死に椿の名を呼ぶ。

「もっと良い土産話ができました……皆に会ったら、自慢させて頂きますね……私の上官は弾薬が尽きてもなお撃たせてくれる凄い「命令使い」でした……と」

 椿は瞳を閉じて最後にそう呟くと、にこりと微笑みつつ体の力を抜いた。
 椿の右手を握りしめていた真之の手に、力の無くなった椿の右手が残る。
 突然の別れに真之の目に熱いものがこみ上げてこぼれ落ちていく。

「お、おい、嘘だろ椿! 起きろ! なあ起きろよ!」

 真之の呼びかけに椿は何の反応も示さなかった。

「なんだよ……冗談はやめてくれよ……。俺達は勝ったんだぞ? 勝ったのに死んだら負けじゃねーかよ! 意味無いじゃねーかよ!! なあ椿!! 椿ぃぃぃ!!!!!」

「…………ぐぅぅぅ…………すぴぃぃぃ……」

 椿の名を呼びつつ、涙まみれで絶叫しながら椿の顔の横にうずくまった真之の耳に、健やかな寝息が聞こえていた。

「……え?」

 真之は慌てて椿を確認すると、胸は上下に動いておりちゃんと呼吸を繰り返していた。
 どうやら疲労が限界突破した結果、椿は昏倒するように眠りについてしまったのだった。

「――うおぉい!! 定番のオチかよっっ!!!」

 真之は思わず椿に突っ込みを入れるが、真之の表情は呆れながらもどこか嬉しそうに笑っていた。
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