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よあけの部屋

□ 鋼鉄の乙女達と命令使い □

第4話 焚き火を囲んで

 太陽が地平線に寄りかかり辺りに夕闇が押し迫ってくる。
 真之(さねゆき)と椿(つばき)は枯れ木や燃えそうな物を集めてくるとコンビニ廃墟の前の駐車場に積み上げた。

「……さて、火をおこすか」

 真之はタバコと一緒にポケットに入っていた銀色に鈍く輝く金属製のオイルライターを取り出して火をつける。
 枯れ木の小山から火が燃え上がり火の粉が天に昇っていく。
 真之は荷物を地面に下ろすと焚き火の前に座り込んだ。
 だが、椿は焚き火より少し離れた地点で直立不動で立っている。

「(どうやら俺は彼女にとっては分隊長とかいう上官らしいから、遠慮しているみたいだな)」

 真之は荷物袋の中から旅立つ前に近くの廃墟で回収したボコボコにへこんだ金属製の小鍋を取り出すと、そこに水を入れて小鍋を焚き火で炙(あぶ)る。
 水が軽く沸いてきたところで、同じくボコボコにへこんでいる金属製のマグカップに注ぎ入れると、それを椿に差し出しながら声をかけた。

「暖かい白湯(さゆ)が出来たから座って飲みな」

「あ、いえ……私は」

「体を休めるのに上官も部下も無いだろ。さあ、ここに座りなさい」

「は、はい」

 椿は少しはにかむと静かに真之の右横に座わり、真之の手からマグカップを受け取った。
 椿は湯気をあげるコップの口に「ふーふー」と息を吹きかけながら飲み始める。

「おいしい……」

 白湯が体と心に染みたのか椿はほっこりとした表情を見せる。

「(俺に対する緊張が少しは和らいだようだな)」

 何とも幸せそうにほっこりしている椿を眺めていると、真之も心が和んでくるのだった。
 地平線の太陽は既に沈み込み、空には満天の星が輝き始めていた。
 焚き火の赤みが真之と椿の顔を照らし出す。
 真之はコップを1つしか持っていなかったので生ぬるい水を瓶から飲んだ。

「……そういえば、大阪神(だいはんしん)帝国の他にも国があるのか?」

「え? あ、はい。大阪神帝国の上の方には京(きょう)皇国、東の方には真大江戸幕府、西の方にもいくつかあると教わりましたが、それぞれの経路は「幻想種(げんそうしゅ)」によって分断されているので交流は殆ど無いらしいです」

 椿は先ほどまでの堅苦しい口調から、少しだけ力の抜けた口調に変わり始める。
 真之は心を開き始めてくれた椿を心の中で微笑ましく感じながら、その事にはあえて触れなかった。

「(大阪神帝国、上には京皇国、東には真大江戸幕府……、名前と位置から察するにたぶんこの大阪神帝国というのは関西地方という感じなのだろうな。もちろん、俺の知っている日本列島と同じ形では無いのだろうけども。しかし、関西が地元の俺からすれば元の世界とそれなりに近しい場所にいるみたいだな……)」

 真之は椿の話を頭の中で整理してから、気になる言葉を聞き直した。

「そういえば「げんそうしゅ」とは何だ?」

「えっと、雪村分隊長殿は記憶が混乱されているんでしたよね」

「ああ、だから色々と教えてくれると助かる。だが、その前に「分隊長殿」ってのは止めてくれないか。全くもってしっくりとこないからさ」

「え? そ、そんなことを言われましても」

「どうせなら雪村さんの方が落ち着く」

「そんな、人間の上官をさん付けで呼ぶなんて無理ですよ。……で、でしたら、雪村様とお呼びしてもいいですか?」

「様ときたか。ま、「分隊長殿」という自覚の無い呼び名よりはマシか。なら、それで頼む」

「はい、雪村様!」

 椿は微笑みながら元気良く頷く。

「では、幻想種のご説明を。幻想種というのはですね、大昔にこの世界に突如として現れた化け物達の事です。かつての人間達が、空想の中だけで想像していたはずの生物に似ていた事から『幻想種』と名付けられたそうですよ」

「なるほど。ファンタジーな種族、つまりはあのスライム達の事か」

「はい、そうなります」

「つまり、その幻想種という化け物にこの世界は崩壊させられてしまったわけだな」

「はい、そう聞いております」

「そんなに強いのか幻想種というのは」

「幻想種はほぼ無限に湧いてくるらしいですし、しかも巨大幻想種となるとかなり大変です」

「まさか竜とかか?」

「はい、竜は有名な巨大幻想種の1つですね」

「……それは厳しいな」

 真之は椿の返事に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「(つまり、俺が「魔物」と呼んでいたスライムなどは、この異世界では「幻想種」という名前で呼ぶということらしいな。しかし、竜とはまた何ともエグいな……。しかも、それらが無限に近いとなれば、近代文明的だったはずのこの異世界もあっさりと崩壊してしまうわけだ)」

 真之は枯れ木を焚き火に放り込む。

「で、その大阪神帝国の帝都とやらはここから近いのか?」

「いえ、ここは帝都よりもずっと離れた場所になりますよ」

「そうなのか?」

「はい、車両ならば数日ですが、徒歩ですと10日以上はかかるかと思います」

「10日以上? それだと手持ちの水では確実に持たないな……」

 真之は悔しそうに眉をひそめながら項垂れる。

「いえいえ、水の問題なんて関係ありませんよ」

「関係が無い?」

「はい、帝都に近づくほど、ここらとは比べ物にならないほどの凶悪な幻想種が生息していますので、とてもではないですが人間が徒歩で行ける道ではありませんから」

「あー、そういうことか……。となると、椿はここまで命懸けで逃げてきたわけになるのか」

 真之がそう言うと、椿は少し困ったような表情を浮かべながらも頷いた。

「……そうです。私は任務を実行して幻想種群に決死の突撃をしました。その戦いで角田中隊長及び私の仲間達は皆、見事な戦死を遂げたのですが、どうやら私は生き残ってしまったようで……。気がついた時には戦いは終わっており、幻想種と仲間達の屍の上で私は1人佇んでおりました」

 椿はマグカップの白湯を一口だけ口に含む。

「体のあちこちを故障してしまい、帝都に変えればスクラップにされるのは間違いはありません。そう思うと何故か急に怖くなってしまい、私はとにもかくにも必死に帝都から離れました。こんなひ弱なチハ型の私がここまで来られたのは奇跡に近いと思います。ですが、エネルギーと弾薬は尽き果て、行くあてはどこにもなく、その廃墟の中の片隅で隠れながらも、結局は逃げることの出来ない死を静かに待つしかありませんでした」

「……そうか。大変だったな」

「いえ、私はただの軟弱者です。仲間達が見事に戦死したというのに私ときたら、私ときたら……まったく私ときたら!」

 椿が涙ぐみながら自身の頭を左拳で何度も叩き始めたので、真之が椿の腕を掴んで止める。

「死を恐れるのは誰でも当たり前だ。自分を攻める必要は無いさ」

「ですが、ですが!」

「申し訳ないと思うならば、これからも仲間達の分まで戦えばいい。あの世で再会した時に、これだけ頑張ったと胸を張れるだけの事をすればいいじゃないか。そうすれば皆も「良くやった」と褒めてくれるに違いないさ」

「……皆に褒めてもらえるように?」

「そうだ。生き伸びたこと自体は決して罪では無い。それよりも、意味も無く生き続けることのほうが罪なのだと俺は思う」

「意味も無く生きる……」

「ああ、生き残った以上は堂々と生きまくれ。そうすれば、色んな出来事が起こるだろうし、皆への土産(みやげ)話もたくさん増えるってなもんだろ」

「……雪村様」

 椿は腕の制服で両目に浮かんだ涙をゴシゴシと拭き取ると、ぎこちないながらも微笑んだ。

「わ、私、生きて頑張ります!」

「おう、若者はそれでいい」

 真之は椿の頭を「ぽむぽむ」と軽く叩く。

「だが、生きるとは言っても、帝都に行けないとなるとサバイバルな日々が続きそうだな」

「それなら大丈夫ですよ。人間である雪村様ならば助かる方法があります。ここから西の方角、徒歩1日も無いあたりの距離に「第1傭兵基地」がありますからね」

「傭兵基地? そこには人が住んでいるのか?」

「はい!」

「しかし、人間である俺は大丈夫とはどういう意味なんだ?」

「わ、私は戦車ノイドですので人間の街で生きていく事はできませんから、ここで頑張って生きていきます……えへへ」

 椿は何とか笑顔を浮かべながらガッツポーズを見せる。

「どういう意味だ。もっと詳しく言ってくれないか」

「あ、いえ、だから、その、私達のような武装擬人(ヒューマノイドアームズ)は、主である人間の部下という立場で無いと人間の街中においては生活が出来ないのです。今や私が所属していた部隊は既に全滅していますので私は誰の部下でも無いということになり、人間に見つかればスクラップ工場行きにされてしまうのですよ」

 真之を心配させまいとしてか、またも力無く「えへへ」と笑う椿に真之は即答した。

「ならば、人間である俺の部下になればいい」

「……え?」

「もしかして、そういう単純なものではないのか? 何か認証とか手続きとかが必要か?」

「い、いえ! 決してそんなことはありません! 主である人間が必要と仰って下さるのならば、その瞬間に私達の存在価値は確立します! で、ですが、本当に宜しいのですか!?」

 椿は目をまん丸に見開きながら真之を見つめている。

「何がだ?」

「だ、だって私は最弱のチハ型ですし、しかも故障しまくりですし、弾薬は切れてますし、エネルギーも切れて戦車化もほぼできませんし、つまり、つまり何のお役にもたてないポンコツなのですよ!?」

「修理すれば治るんだろ?」

「は、はい!」

「エネルギーを補給すれば走れるんだろ?」

「走りまくれます!」

「弾も補給すれば撃てるんだろ?」

「も、もちろん撃ちまくれます!」

 椿は両目を「><」という形で力いっぱいに閉じながら首を何度も縦に振る。

「なら、それでいいじゃないか」

「え、いや、でも、人間は私のような故障した武装擬人(ヒューマノイドアームズ)はすぐに破棄したがるので……」

「他の人間の事は知らないが、俺は君達「武装擬人(ヒューマノイドアームズ)」を物扱いするつもりは無いよ」

 真之は真剣な表情でキッパリとそう応えると、椿は感極まったのかポロリポロリと大粒の涙をこぼした。

「な、何とありがたいお言葉でしょうか。私の仲間達にも聞かせてあげたかったなぁ……うえーん」

 椿は声をあげて泣き始める。
 真之は焚き火の側で保温していた小鍋の白湯の残りを椿のマグカップに注ぎ足してあげる。

「……泣くな泣くな。それよりも、これから宜しくな椿」

「は、はいぃ! 宜しくお願いします雪村様ぁ! うえーん!」

 椿は温かいマグカップを両手で握りしめたまま、またも夜空に向かって泣き声を上げるのだった。
 だが、真之はこの時、まだ知る由もなかった。
 戦車ノイドとは高級品であり、そこらの人間が気軽に所有できるようなものでは無いことを。
 最弱と言われるチハ型とはいえ戦車は戦車。
 対人間ともなれば規格外に属する強烈な武器になるのである。
 しかし、この類まれなる運さえも異世界に紛れ込んでしまうような者が持つ特権なのかもしれない。
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