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よあけの部屋

□ 鋼鉄の乙女達と命令使い □

第3話 鋼鉄の乙女

 廃墟であるコンビニの片隅から返ってきた女性の返事。
 今まで誰とも遭遇しなかった真之(さねゆき)にとっては実に孤独な日々であった。
 それが、初めて人間らしき反応に遭遇することとなったのだが、だからといってそれが真之の喜びに直結するものにはならなかった。
 なにせ、ここらは既に「終わった世界」なのである。
 そんな世界の中でこんな場所に居る人間、ましてやか弱いはずの「女性」など明らかに普通では無い。
 真之は油断せぬように歯を食いしばりながらサバイバルナイフを構え続ける。

「――とにかく姿を見せろ!!」

「――ひぃぃ! は、はい!! 今すぐに!!」

 真之の苛立つ声に対して、なぜか異様に怯えた声色で返事をする相手は、本当に素直に店内の隅から真之の前へと小走りに駈け出してくる。

 黒髪のセミロングで日本女性らしい美しい顔立ち。
 服装はミニスカート型の黒い軍服で、普通サイズよりも少し胸があるのか服の上からも女性らしい胸の盛り上がりが視認できる。
 見た目の若さから年齢は18歳前後なのだろうと真之は思う。
 ちなみに真之に負けず劣らずの薄汚れかたで清潔感は皆無だった。

「(女性軍人? しかも、俺と同じ系統の軍服。仲間……なのか?)」

 彼女の軍服は女性用ではあったが、細かい作りが真之が着ている物と同じだった。
 そんな彼女は、真之の顔を見た瞬間、更に目を見開いて直立不動で敬礼を行う。

「あ、あわわわわ!!! 雪村分隊長殿!!!!」

 見たこともない女性軍人からいきなり苗字を呼ばれた真之も思わず目を見開いた。

「――!? 君は俺のことを知って……」

 真之はどうして自分の名前を知っているのかと問いただそうとするのだが、彼女は更に声をまくしたてて真之の質問をかき消してしまう。

「は、恥ずかしながら生きながらえておりました!!! も、申し訳ありません!!!」

「いや、だからどうして俺の事を……」

「こ、この上は今更ではありますが、潔く自決致しますっ!!!」

 女性軍人は右手をこめかみに当てると、次の瞬間、右手がウニョウニョと変形して機関銃の形に変化した。

「――な!?」

 もはや明らかに人間技では無いその様相に面食らう真之。

「――て、帝国バンザイッ!! 帝国バンザイッ!!」

 女性軍人は両目をぎゅむりと閉じて声高らかに必死にそう叫ぶ。
 だが、本心では死にたくないのか、こめかみに当てた右腕の機関銃はぷるぷるとか弱く震えていた。
 ためらいながらも必死に万歳自決を繰り出そうとする女性軍人に真之は慌てて一喝する。

「――止めろっっっ!!!!!」

「――ぴあっ!?」

 女性軍人は両目を開けると、その涙ぐんでいる目で真之を見つめる。

「自決は許さん!! その銃を下ろしなさい!!」

「は、はい!!!」

 女性軍人は慌てて銃口を下に向けると、右腕をまたウニョウニョと動かして元の人間の手へと変化させた。

「……ふう」

 真之は疲れたようにため息を吐き捨てながらサバイバルナイフを腰に戻す。

「君は俺のことを知っているのか?」

「は、はい。貴方は雪村分隊長殿であります!」

「それは見間違いではないのか? 本当に俺なのか?」

「え、いや、私も一度、遠くから拝見しただけですので、そう言われると困りますが、たぶん私が以前に見た雪村分隊長殿であられると思います」

女性軍人は困ったような表情になりながら答える。

「ちなみに俺の下の名前を知っているか?」

「いえ、残念ながら名字しか記憶にしておりません」

「そうか……」

 真之は女性軍人の話を元に仮説を立てる。

「(俺と同姓かつ同じ姿の人物が前からいたということなのか? 彼女も断言は出来ないようなので、他人の空似ということもある。とりあえず今の情報だけでは何とも考えようが無いな……)」

ウジウジと悩んでも仕方がないので、真之は違う質問に移った。

「俺のことを分隊長と言っていたが、君はもしかして俺の部下……なのか?」

「い、いえ。私は角田(かくた)中隊所属、チハ型、椿(つばき)であります!」

椿と名乗った不思議な女性軍人は敬礼をしながら背筋を伸ばす。

「そんな君がどうして俺の名を?」

「以前、合同警ら任務の際にお見受け致しました!」

「他に俺のことを何か知らないか?」

「い、いえ、それ以上の事は」

「本当にどんな小さなことでもいいんだ。何か思い出さないか?」

 真之は思わず椿の眼前まで近づいてその両肩を握りしめてしまう。

「す、すみません! 私は何の情報権限も与えられていないのであります!」

「……そうか」

「も、申し訳ありません」

 真之は椿の両肩を握りしめていた事に気が付き、慌ててその手を離した。

「悪い」

「……いえ」

 真之は椿から数歩だけ下がり、小さく深呼吸を繰り返した。

「で、君はここで何をしているんだい」

「あ、そ、その、あの、その」

 椿は口をパクパクさせながら口ごもる。

「何も罰は与えないから、きちんと話しなさい」

 先程のやりとりで何となく理由を察している真之は、軍という規律を使わない事を口に出す。

「は、はい! ここで恥ずかしながら生きながらえておりました!」

「本隊に戻らなくて良いのか? それとも本隊も全滅か?」

「い、いえ! 帝国軍本隊は健在ですし帝都も健在です!」

「人間が生きている都市があるのか!?」

「え? は、はい。大阪神(だいはんしん)帝国が治める帝都は健在のはずです」

「大阪神帝国?」

「はい、どうかなさいましたか?」

「え、あ、いや、なんでもない。ちなみに、日本という国はあるのか?」

「にほん?」

「日にちの「日」と、本当の「本」、と書く名の国だ」

「いえ、日本という名前の国は存じませんが、「日ノ本(ひのもと)」という名ならば聞いたことがあります」

「日ノ本?」

「はい、この極東の列島において、かつて人類文明の栄華を極めたといわれる伝説の国の名前が「日ノ本」であったと聞いております。ですが、今はそれも遥か昔に滅び、今は列島内でそれぞれに独立した小国が、それぞれの場所で生きながらえていると学びました」

「(なるほど、どうやらここは地球の未来というよりも、似て非なる異世界という感じで間違いはなさそうだな。ただ、どうして俺が軍服を着ていたり、彼女が俺を見たことがあるという点は現時点では何とも言えないが)」

 真之は事の真実に触れて気怠そうにため息をつきつつも頷いた。

「そうか……。ま、とにかく人間の都市がまだあるのは朗報だ」

 椿から得られた人間の都市の情報に真之は安堵しながら言葉を続けた。

「で、どうして君は本隊があるその帝都に戻らない」

「そ、それはその……私のような突撃要員は予備が多いので、他部隊への再配置も望みが薄いのです。体のあちこちも故障していますし、きっと修理をしてくれることはありません。つまり、戦力として必要が無いということで資源確保の為のスクラップとしてバラされる可能性が高く……なので、なので」

「……なるほど、そういうことか。しかし、治療ではなく修理……。そういえば気になっていたが君は人間ではないのか?」

「へ?」

 椿はきょとんとした表情で真之を眺める。

「ああ、いやすまない。少し記憶が混乱していてな。この世界の常識かもしれないが教えてくれると助かる」

「は、はい! 了解しました!」

 椿は丁寧に自分の事を説明し始めた。
 人間の科学技術により戦車と生体を掛け合わせて作られた「武装擬人(ヒューマノイドアームズ)」であること。
 戦車型なので通称は戦車ノイドと呼ばれていること。
 椿の正式型名称は「九七式中戦車 チハ」と呼ばれる型式の戦車であり、戦車の中で一番に弱いながらも生産コストが安いというのが売りの戦車ノイドとの事だった。


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※『初心者向けの適当戦車解説』
 「九七式中戦車 チハ」という名の戦車は真之がいた元の世界においては、日本国が初期に制作した戦車である。
 制作当時(第二次世界大戦)の他国の戦車と比べると小型かつ非力である。
 大雑把に言えばあまり活躍できなかった戦車なのである。
 が、戦車好きによるとこのちんまい感じが実にラブリーらしい。
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「君はその……戦車なのか?」

 先程、腕が銃化したとはいえ、見た目が普通の女性である椿の説明が完全には信じられず思わず聞き返してしまう真之。

「はい!」

「……はあ」

 元気に頷く椿に対して、適当に生返事を返すのが精一杯だった。

「ま、悩んでも仕方がない、まずは論より証拠だ。君自身が戦車というならば是非、見てみたいのだが」

「はい! 了解しました!」

 椿は小走りに店の出入口に向かい、開けたままの自動ドアを通って外の駐車場に飛び出して行く。
 その後を真之はゆっくりとした足取りでついていった。
 アスファルトがボロボロに崩れている駐車場の上で椿は元気よく敬礼姿勢を取る。

「では、参ります!」

「ああ、頼む」

「チハ型、椿、戦車化開始します!!」

 椿が敬礼しながらそう叫ぶと、椿の体が膨らみ一瞬のうちに鋼鉄の戦車へと変形した。

 椿の説明通りに見るからに小型の戦車であり、更にその主砲の細さと短さには、戦車にそれほど詳しくない真之でも明らかに一般的な戦車に付いているはずの巨砲では無いことを理解した。
 しかし、それよりも、椿の言っていた戦車ノイドという話が真実であり、また小さいとはいえ初めて目の当たりにする鋼鉄の戦車は見事な風格があって格好が良かった。
 ただ、椿の先程の説明通り体の故障が酷いらしく、車体のあちこちがへこんで歪んでいた。
 真之はそれでも思わず戦車体の椿に吸い寄せられるように近づくと、そのまま両手でぺたぺたと触ったり叩いたりし始める。

「へー……本当なのか。いやはや、何とも凄まじい科学技術だ。それに、こうやって目の当たりにすると戦車ってのはなかなかに格好良いものなんだな」

「えへへ、ありがとうございます」

 真之に褒められて嬉しいのか戦車体の椿が照れくさそうに声を出す。

「戦車体型でも言葉を出せるのか」

「はい、こういうことも出来ますよ」

 椿がそう言うと、砲塔ハッチから人間体の椿がひょっこりと上半身を乗り出してみせる。

「おー、人間体型も同時にいけるのか」

「はい、但し本体である戦車体からはほとんど離れられませんし、エネルギー消費も増えて大変なんですけれどもね。なので申し訳ありませんが人間体は解除させて頂きます」

「ああ、かまわない」

 椿は苦笑いを浮かべるとそのまま車内に入り出てこなかった。

「ということは、戦車体になるのもエネルギー消費が高いのか?」

「はい、かなりの量が必要になります」

「なら、もう結構だ。見せてくれてありがとう」

「はい!」

 椿は元気良く返事をするとその場で先程までの人間体へと戻るのだが、どうやらエネルギー消費が厳しかったのか、その場でぺたりと女の子座りでへたりこんでしまった。

「大丈夫か?」

「は、はい! 大丈夫であります! 雪村分隊長殿に褒めて頂けましたので、ここで死んでも悔いはありません!」

 椿が儚い笑みを浮かべるので真之は少し怒った表情で叱りつける。

「バカな事を言うんじゃない。そんなことで死んでどうする。どうした、腹が減っているのか?」

「は、はい。手持ちの備蓄が尽きてしまい実はここ一週間程、何も食べておりません」

「あのコンビニにはもう何も無いのか?」

「そこには元々、何も残ってはいませんでした。ただこの身を隠すための隠れ場所として利用していただけであります」

「そうなのか。ちなみに君達のような武装擬人は一体何を食べるんだ」

「私達には「燃料食」と呼ばれる専用の食料があるのですが、生命維持という観点だけならば吸収率が低いながらも人間が食べる食料品でも最低限の補給は可能です」

「そうか、それならば良かった」

 真之は肩から下げている鞄から「焼き干し肉」を取り出すと椿の顔の前に差し出す。
 だが、椿はそれを受け取ろうとはしなかった。
 むしろ、呆然と真之の顔を眺めている。

「どうした。腹が減っているのだろう。遠慮はいらないから食べなさい」

「で、ですが、行軍中における人間の糧食(りょうしょく)はとても貴重であると上官から聞いた事があります。私達の代わりはいくらでもいますが人間の代わりはいません。つまり人間の食料を減らすぐらいならば、私達は死んでしまうのがお国の為であり人類の為であると教わりました」

「君達は人間にとって都合の良い武器であり消耗品というわけか……」

「はい、それが私達の使命であります」

 何の迷いもなく答える椿の両目を、真之は寂しそうに見つめる。

「悪いが、俺はそんなくそったれな理論に付き合うつもりはサラサラ無い。君はどこからどう見ても人間と同じ生命体じゃないか。例え人間そのものでは無くとも同じ言葉を交わして意思疎通ができるのならば、俺には君を見捨てるというのはできかねる。さ、遠慮せずに食べなさい」

「……よ、宜しいのですか?」

「ああ、気にするな」

「で、では! い、頂きます!」

 椿は真之の手から「焼き干し肉」を受け取ると必死にかぶりついた。

「――お、美味しい! 美味しいです! ほ、本当に美味しいですぅ」

 よほどお腹が減っていたのか、椿は涙目で必死に口をもぐもぐとさせていた。
 本当に嬉しそうに食べる椿の姿を見て、真之は椿が例え人間では無いとしても、武器かつ消耗品としての価値しか無いなどと冷酷に考えることは、やはり無理があるなと思うのだった。
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