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よあけの部屋

□ 鋼鉄の乙女達と命令使い □

第1話 過酷な日々

 青く透き通る大空。
 見果てぬ荒野の真ん中で小さな岩を椅子代わりに座り、赤々と燃える焚き火で肉を焼いている青年が、一心不乱に骨付き肉にかぶりついている。
 それもそのはずだ。
 彼にとっては2日ぶりの食事だったのだから、がっつくのも仕方がない。

 青年は塩も焼き肉タレも付いていないただ焼いただけの肉を噛みちぎり咀嚼して飲み込んでいく。
 青年の足元には猪の様な獣が一匹、サバイバルナイフで無造作に解体されて散らばっていた。

 彼はここに来てから何度、自分に問いかけたのだろうか。
 当たり前だが、明確な答えなど誰も教えてはくれない。
 ある日、彼は目が覚めたら見たこともない荒野に1人で佇んでいた。
 着た覚えのない黒い軍服に身を包み、腰には弾切れの回転式拳銃とサバイバルナイフ。
 胸ポケットには「ロイヤルピースフル」と書かれた見たこともない銘柄のタバコが一箱。
 高級そうな青箱で、中身のタバコも濃厚なバニラの香りが実に爽やかで美味い逸品だった。
 青年は獣の大きな太もも焼き肉を手慣れた感じで平らげると、骨を無造作に荒野に放り投げる。
 汚れた手を薄汚れた軍服で拭き、食後の一服とタバコを咥えてから焚き火の細木を取って火をつける。
 青年は肺に満たされる甘い香りを楽しんでから青空に紫煙を吹きつけた。

 青年は今もなお自身の身に何が起こったのかを完全に理解するには至っていない。
 しかし、今の状況と現実を素直に受け止め、生きているだけで減る腹を満たす為に獣を狩り続ける日々を送っていた。

「……今日で8日目か。俺を食い殺そうと向こうから近づいてくれるこの獣のおかげで飢え死にだけは免れてはいるが、サバイバルナイフ一本で狩るにはこちらも命懸けだな。今日もたまたま俺が食う方だったが次はどうなることやら」

 青年はタバコをくゆらせながら地平線の流れる白い雲をぼんやりと眺め続ける。

 青年の名前は雪村(ゆきむら) 真之(さねゆき)。
 性別は男。
 歳は25。
 都会の中学校で教師をしていたが体罰問題を起こしてしまい職を追われる。
 しばらくは運送業者で荷物運びをしていたが、田舎の恩師に誘われた事がきっかけで生まれ故郷に帰ると、数人しか生徒のいない母校の教師として再就職していた。

「……記憶はハッキリとしている。しかし、この現実を目の当たりにすると、まるで俺の方が間違っているのではと思ってしまう」

 真之は気怠そうに紫煙を吐き捨てた。

「今の俺は本当の記憶を失っておりこの記憶は所詮、夢の中の妄想なのかもしれない。そう誰かに言い攻められたならば、俺は最後までその意見を突っぱねる自信がいまいち無い」

 真之は咥えタバコのまま汚れたサバイバルナイフを足元の草で拭いてから腰のナイフ入れにさす。

「だが、それでも目を閉じれば俺の田舎の生徒達の純朴な顔が浮かぶ。名前も浮かぶ。性格も浮かぶ。共に生活した日々が鮮やかに浮かぶ。やはり、こんなに複雑で大量な記憶が夢というわけもあるまい」

 自身の元々の存在を認めるように、言い聞かせるように、真之は呟く。

「となれば、これは異世界転移というものか。昔に遊んだゲームなどで何度か見たことがあるが、いやはや参ったものだな」

 真之は腰に下げているホルスターから弾切れの回転式拳銃を取り出す。

「しかし、ここはゲームのようなファンタジー世界そのものという感じでもなさそうだ。軍服に拳銃。世界観としては現代社会に近いのかもしれない。ただし、豊かではなさそうだが……」

 真之が辺りを見渡す。
 どこまでも続く果てしない荒野。
 水気の少ないヒビ割れた大地、背の低い木々、所々に生えている雑草、そして、うち崩れて埋もれているビルらしき建築物、倒れている信号機、アスファルト道路の名残。
 かつて元の世界と同じような近代文明が栄えていた事を示す名残が至る所に点在していた。

「そうなると、異世界転移というよりも人類が滅んでしまった未来へ来てしまったという考え方もできるかもしれない。だが、この着た覚えの無い軍服などを考えると物事はそう単純でも無さそうだな……」

 真之は回転式拳銃を腰に戻し、タバコをくゆらせながら視線を横にやる。
そこには半壊した貯水槽が横たわっていた。

「こいつが無かったら早々に死んでいただろうな」

 ビルの屋上にあったらしき貯水槽が地表に転がっており、半壊しているお陰で雨水が中に溜まっていたのだ。

「人間、飯よりもまずは水だからな」

 この変な世界に来てから2日目にして真之は幸運にもこの貯水槽を発見した。
 それ以来、この貯水槽を拠点にちらほらと辺りを探検しているのだが、特に何の成果も上がってはいなかった。

「水の量は無限では無いからいつまでもここで暮らすというわけにはいかない。いずれ覚悟を持って旅立たねばならないのだが……、せめてどの方角に行けば良いのかぐらいは知りたいものだ」

 それと同時に、何度も襲ってくるとある不安がまた真之に襲いかかる。
 それは「この世界は既に滅んでいて、どこにも救いの場所は無い」という不安である。
 真之は不安を紛らわせるようにタバコの煙を肺一杯に吸い込んでから力強く吐き捨てた。

「誰も居ない終わった世界など、ただの地獄ではないか。俺はそんなにも罪深い人間なのだろうか」

 真之の呟きに応えるものは誰も居なかった。
 ただ、乾いた風がひとつ吹き、乾いた土を巻き上げて駆け抜けていく。

「これでも自分の信念に従って真面目に生きてきたつもりなんだがな」

 ふと、都会の教師時代に経験した昔の苦い思い出を思い出し、真之は眉間にしわを寄せる。

「信念を貫いても報われるとは限らないか……」

 真之は紫煙を吐きながら短くなったタバコを指先で弾いて焚き火の中に放り込んだ。

「だからといってここで無様に野垂れ死ぬつもりは無い。やれることはやろう」

 真之は座っていた小岩、正確には細かく割れて落ちていた建築物のコンクリらしきものから立ち上がると、また辺りの探索を始めるのだった。
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