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よあけの部屋

□ 迷宮長は最凶の白魔道士 □

8 始まり終わり始まる 《序章 終》

「たーちゃん! ここに居たんだ!」

 屋上に上がってきた綾乃が軽く息を弾ませながらぼんやりとしている新太の前に立つ。

「さあ、帰ろうたーちゃん!」

「……帰りたくない」

「お家の人と喧嘩したの?」

「そんな感じかな―」

「じ、じゃあ、今日は私の部屋に泊まる? たーちゃんならお父さんもお母さんも心配しないだろうし」

「んー……それもいいかもなー」

「う、うん! じゃあ、帰ろうたーちゃん!」

 綾乃はニコニコ笑いながら、新太の力のない手を引っ張ったまま連れて帰るのだった。


 帰宅後、綾乃が母親に事の説明をすると綾乃の母親は笑顔で了承してくれたので、新太は綾乃の母親に最低限の挨拶を済ませると二階にある綾乃の部屋に引きこもった。
 綾乃は母親と料理を作ると、食事を持って部屋に帰ってくる。
 しかし、新太は食欲がなかったのであまり食が進まず、すぐに箸を置いた。
 それを見た綾乃は新太に付き合うように自分も食事を途中で終えると、残った食事を一階へと片付けに下りていく。
 そして、綾乃が部屋に戻ってくるとなぜか新太の姿がそこには無かった。

「……え? たーちゃん?」

 綾乃が呆然としていると突然、部屋のドアがバタリと閉まる。

「――え!?」

 ドアの付近で隠れるように佇んでいた新太がドアを閉めた瞬間、その音に驚いて振り返った綾乃の正面から抱きついてベッドに押し倒した。

「え!? え!?」

 突然の事に驚く綾乃だったが、なにせ相手が新太なので悲鳴をあげることはなかった。
 新太は綾乃のセーラー服姿な細い体を抱きしめながら、その胸に顔をうずめてグリグリする。

「あ、ちょっと、たーちゃんダメだよ! 下にお母さんがいるんだから!」

 新太からの初めてとなる積極的なアタックに、綾乃は驚きつつも悪い気は少しもしなかった。

「……悪い綾乃、もうしばらく、もうしばらくだけこうさせてくれ」

 綾乃は新太の両肩が小さく震えていることに気がついた。

「……う、うん、分かった」

 綾乃は新太の頭を優しく抱きしめつつ、その少し長めな黒髪をなでりなでりとしてあげる。
 綾乃は新太に何も聞かない。
 ただ、じっと優しく抱きしめてあげるのだった。

 数分ほど経っただろうか、突如、階段をドタドタと誰かが駆け上がってくる。

「――ゴラァァァーーー!!! 新太ぁぁぁーーーー!!!!」

 大声を上げながらドアを開け放ったのは新太の祖父である源一郎であった。

「綾乃ちゃんのお母さんからこちらに泊まらせると聞いたから来てみればやっぱりか! 男の弱みを使って綾乃ちゃんをたらし込んどるんじゃないぞい!!!!」

「……チッ」

 綾乃の胸に顔を隠している新太が舌打ちをしたので綾乃は「へ?」と声を漏らす。
 新太は綾乃の胸から顔を離すと源一郎の言葉通りに少しも泣いていた様子は無く、むしろ平然とした表情で源一郎を睨みつけた。

「なんだよ邪魔するんじゃねーよ。心の傷を癒してもらっていたことに違いはねーんだからさ」

「まったく下らんことだけは覚えて帰ってきよってからに! 」

 源一郎は老体ながらも筋肉ムキムキなので、新太の着ている学生服の襟を掴んで引きずっていく。

「ちょ!? なんだよクソジジイ!!!」

「ほれ、家に帰るぞ。そしてさっさと次の異世界に再転移じゃ!!!」

「――はぁぁ!? 誰が二度と行くかクソボケジジイィィ!!」

「がっはははは!!!」

 源一郎は高笑いを上げつつ新太を引きずって部屋から出て行くのだった。
 1人ぽつりと部屋に取り残された綾乃は、呆然と部屋の開け放たれたドアを見つめていた。



 新太は源一郎に引きずられて自宅の庭に連れて行かれる。
 日は既にとっぷりと暮れており、縁側から漏れる自宅の明かりだけが頼りだった。

「離せよジジイ!」

 源一郎の手の力が緩んだことで解放され、新太はその場に立ち上がる。

「新太、倉の戸を見てみい」

 新太は服の埃をはたきながら源一郎に言われるがまま、おもむろに倉の戸を見た。

「……は?」

 新太が見た倉の戸は既に開いており、更に戸の向こうは昼間なのか太陽がさんさんと輝いているうえに芝生のような背の低い大草原がどこまでも広がっていた。

「どういうことだよ……これ」

「さあな。今朝、この戸から新太が帰ってきた時は何ともなかったが、先程、戸締まりを忘れていたことに気がついて来てみれば勝手に異世界と繋がっておった」

「なんだよ……なんなんだよ!!!」

「ワシが思うに新太。お前の異世界冒険はまだ終わっとらんのではないのか?」

「はぁ!? 無様に裏切られて死にかけで帰ってきたのに、終わっていないとか意味がわかんねーよ!!」

「だから、そういう辛い経験を得た者を欲しておるのが、次の新しい異世界では無いのかの?」

「知るかよそんなこと!! 俺は二度と異世界なんて行かねーからな!! 行きたきゃジジイが行けよ!!!」

源一郎は両目を「カッ!」と見開くと気迫のこもった声を発する。

「――良く聞け我が孫である新太よ! お前を裏切った奴らには正当性など1ミリも無い! 奴らはクソだ! もし、わしがそいつらの元に行けたならば徹底的に血祭りにあげてやるわい! だがな新太、それを踏まえても新太自身に見直すべき点は1ミリも無かったのか? 本当に新太は完璧じゃったのか? 人の心の機微(きび)を見誤らなかったのか? 人の心を蔑(ないがし)ろにする傲慢(ごうまん)さは無かったのか? もっと繊細に配慮すべきことは無かったのか!?」

「そ、それは……」

 新太は思わず口ごもった。

「普通の人生ならば死ぬほどの失敗をした時点でお終いじゃ。なにせ死ぬんだからな。だが、新太、お前はそれさえも経験として得たのだ。これほどに尊い経験は無いとわしは思うておる」

 源一郎の言葉を聞いて、新太の頭の中に異世界で過ごした日々が溢れかえり、あえて考えないようにしていた反省点が次々と浮かび上がってくる。
 チートに過信してあらゆる難事を気軽に安請け合いしたこと。
 もっと王国の人間達を戦場に立たせ、共に戦い、心からの戦友となるべきだったこと。
 竜王や魔物よりも自分の方が強大で恐ろしい存在であると思わせてしまったこと。
 王国の上層部よりも民に人気が出てしまったことに、心のどこかでは酔いしれていたこと。
 人間の心の弱さに気がつき、謙虚さをわきまえ、多くの民を救えた事を良しとして、救国の後は即座に国を去れば良かったこと。
 止めどなく溢れる後悔と反省の念に、新太は歯噛みしながら項垂れた。
 その様子を見た源一郎は小さく頷く。

「だが、何度も言うがそれは恥では無いぞ新太。貴重な貴重な経験であり財産だ。お前はこれまでよりも更に輝けるチャンスを持っておるのだ」

「でも、異世界はもういいよじいちゃん……」

 新太の源一郎への呼び名がじいちゃんへと戻る。

「――現実から逃げるな真正面から戦え! というありきたりで無慈悲な説教などわしはせん。現実のゴチャゴチャとした複雑な人間関係からは確かに逃げられはしないが、だからと言って馬鹿正直に真正面からやる必要など少しも無い。つまりやりようはいくらでもあるのだ。視点を変え、方法を変え、対応を変え、逃げる時は迷わず逃げ、勉強が必要ならば勉強し、伏せる時は何年でも耐え忍び、攻める時は徹底的に攻める。要は最後の最後まで粘り強く生き残り、人生の最後の最後に満面の笑顔を見せられた者こそが本物の勝利者だとわしは思う」

「……最後に勝つか」

「そうじゃ、一発逆転かつ勝ち逃げこそが痛快だからな!」

 源一郎はかつて自身が旅立った異世界から持ち帰ってきた|伝説級の一等品類(チートアイテムセット)である「黒の魔導士服」、「純白のローブ」、「白い本」を新太の両腕に持たせる。

「……これは?」

「前の異世界に新太が行く時、名剣「千竜殺し」とこれらのどちらにしようかと迷ったんだが、男はやはり剣だろうと考えて「千竜殺し」を渡した。実際、わしの判断は間違ってはおらんかったろう?」

「ああ、あの剣はとても強くて助かったよ。でも、悪い。あの剣は向こうに置いてきてしまったみたいなんだ……」

「そんな事は気にせんでええ。ほれ、次はこれを持っていけ」

「もらっても良いの?」

「ああ、遠慮するな。元々、わしが若い頃にまだ見ぬ息子と孫の為の事を思って持って帰ってきたものだ。残念ながら息子の健介は異世界転移が発現しなかったから置いておいても意味は無いし、今となってみれば、こうしてもう一度、孫に|伝説級の一等品(チートアイテム)を譲れることをみれば、健介が発現しなかったことにも意味があったように感じられる」

「……ありがとう」

 源一郎は新太の頭をワシワシと撫でる。

「人間、生きていればいくらでもやり直せる! 異世界で全てを失い傷ついたのならば、異世界で全てを取り戻して癒やされてこい!!」

 新太はその腕に抱いたチートアイテムセットを力一杯に抱きしめる。

「……ほ、本当に今度こそ上手くいくんだろうか、じいちゃん」

「上手くいくさ。なにせ新太はワシの孫なんだからな!」

「……でも俺、だいぶ心がひねくれちゃったけど」

「三つ子の魂百までもと言ってな。元来の性格はそうそう変わるものではない。新太の中にある優しい部分はそうそう消えることはないぞ。むしろ、純粋で騙されやすいままよりも、多少は世間を斜めから見られる冷静さも必要だ。それを手に入れられたと思えばやはり良い経験を得たとわしは思うぞ」

「前の俺に戻るよりも、失敗を経験した俺の方が良いのか?」

「ああ、人間は成長こそが真骨頂。それでなくては意味が無い」

「失敗した俺が俺のままで、もう一度、やり直す……」

 新太自身も傷ついたまま、失敗したままで生きていくのは嫌だった。
 もし、失敗を上塗りできるほどの勝利を得られるならば、もう一度挑戦してみたいと素直に思えた。

「……分かった。今度こそ「笑顔」で帰ってきてみせるよ」

「存分に成長して戻って来い新太!」

「――ああ!」

 失敗を経験していなかった純粋なままだった新太の時よりも、残念ながら目つきは少しばかり鋭くなりトゲが残ったままではあったが、そのかわり濁っていた瞳にはギラギラと生命力が輝き始めており、新太はその場でいそいそと魔導士服に着替える。
 新太にとっては前の異世界では源一郎からもらった「千竜殺し」が凄まじい威力で自分を助けてくれたので、今回のチートアイテムにも特に不安は無かった。
新太は魔導士風の姿で片腕に白い本を抱えながら異世界に繋がる戸の前に立つと、顔だけで源一郎を振り返る。

「父さんと母さん、そして綾乃にも宜しく言っといて」

「もちろんだ。どうせ異世界で何年経とうがこちらでは数日も経たん。どうとでもなるわい」

「そういえばそうか。じゃあ、もう一度だけ頑張ってみるよ。今度はもっと慎重かつ強(したた)かに」

 新太はそう言い残すと、真剣な顔つきで異世界へと旅立つのだった。
 戸の向こうに繋がる大草原を見つめながら源一郎は小さくため息をつく。

「さて、異世界との繋がりはもう少しぐらいは持つだろうし、そろそろわしも最後の準備をするか」

 源一郎は自室に戻ると、作務衣から綺麗な黒の着流しに着替えて、押入れから出しておいた古臭い鉄の胸当て、鉄の籠手(こて)、革のブーツを履いてから鉄のすね当てを装備する。
 そして床の間に飾ってある日本刀らしき刀を取り上げると左腰にぶら下げる。
装備を整えた源一郎は仏壇に手を合わせた。

「……それじゃあ行ってくるぞ吉江(よしえ)。大事な孫を二度の挫折に合わせるわけにはいかんからの。もしかしたらここには帰ってはこれんかもしれんが、その時はわしは魂となって即座に吉江の元に駆けつけるから心配はするな。だが、まだまだ新太の成長を見てからでないと死にたくはないから、どうかわしらを見守っていてくれ」

 源一郎は亡くなった妻を思いながら手を合わせた後、リビングの机に息子である健介とその嫁である明美さんにあてた手紙を置いてから庭先に出る。

「まー、わしも歳だからな。どこまでやれるかは分からんが、せめて少しでも新太の役に立てるように活躍したいものだ」

 源一郎はにんまりと微笑むと、未だに異世界との繋がりが切れていない倉の戸をくぐり、大草原が広がる異世界へと旅立つのだった。



 それから数分後。
 新太の様子を伺いにセーラー服姿のままの綾乃(あやの)がやって来た。

「こんばんわー!」

 綾乃は玄関の中から声をかけてみるが、何の反応も無かった。
 綾乃は首を傾げながら縁側から室内が見られる庭に向かってみる。
 すると、庭の倉の戸が開いており、戸の向こうには不思議な草原の世界と、そこを歩く等身大の魔導士風な服を着た新太の姿が見えた。

「たーちゃん?」

 綾乃は新太の姿を見て気が緩んでしまったのか、思わず倉の戸の中へとそのまま入ってしまう。
 こうして綾乃は異世界へと足を踏み入れてしまうのだった。



 それから更に数分後。
 新太の家にセーラー服姿の二人の女子生徒が現れた。
 それは新太の幼馴染で、今では少し縁が遠くなっている由月(ゆづき)と銀花(ぎんか)だった。
 今朝の新太の様子がどうにも気になってしまい、思い切って二人で訪ねて来たのだった。

「どうしよどうしよ! あーたんの家に来ちゃったよ!」

 挙動不審気味に慌てる由月を銀花がなだめる。

「落ち着け。とりあえずチャイムを押そう」

 そう言って銀花が玄関先のチャイムを鳴らすが、何の反応も無かった。

「家の明かりはついているが誰もいないのかな?」

「ねえ、銀花。庭の方からチラチラと明かりが点滅しているんだけれど」

「ふむ。新太の父君と母君とも知らない中では無いんだ。せっかくここまで来たことだし、少しだけお邪魔をしてみるか」

「う、うん、そうね! せっかくここまで来たものね!」

 銀花がそう言うと、由月はぶんぶんと頷きながら肯定する。
 銀花と由月が庭先に向かうと、倉の戸から昼間のように眩い光が漏れだしていた。

「なんだこれは」

「なにかしら」

 戸の中では美しい大草原の中を、純白のローブを羽織った等身大の新太がどこかに向かって歩いている。

「新太がいるぞ」

「本当だ。あーたんだ」

 銀花が恐る恐る戸に近づいて新太を掴もうと右手だけを入れてみると、次の瞬間、戸の中へと引きずりこまれていく。

「――うわっ!?」

「銀花っ!!!」

 銀花の左手を掴む由月だったが、引きずり込もうとする凄まじい力の前にはどうしようもなく、そのまま二人一緒に戸の中の異世界へと入ってしまうのだった。



 由月と銀花の二人が庭から漏れる光に誘われて敷地内に入って行った後、夕食時の忙しいスーパーでのバイトを終えた帰りの麗子が、セーラー服姿のまま余り物の惣菜を入れたビニール袋を片手に近衛と書かれた表札がかけられた門の前で立ち止まった。

「前に近衛がこの家から出てくるのを見たから間違いないんだろうけど、いきなり私がこんな物を持ってきても驚くだろうしな……」

 麗子はしばらく逡巡した後「(やっぱり止めておこう。私のキャラじゃないし)」と心の中で呟くと、家の前から離れようと体の向きを変えたその時だった。
 近衛家の庭先から何やら叫び声に近い声が聞こえてきた。

「……?」

 麗子は外から近衛家の庭先を覗いてみると、倉の戸から光が漏れており、戸の奥に変な服を来た新太の姿がぼんやりと見えた。

「あ……近衛いるじゃん。おーい! 近衛!」

 麗子は新太を見つけられたことが嬉しかったのか思わず声をかけると、小走りで玄関先に戻りそのまま門を通りすぎて庭先までやってくる。

「よう、近衛。こんばん……わ?」

 倉の中に向かって声をかけながら近づいた麗子は、その不思議な光景に首を傾げる。

「なんだこれ」

 戸の向こうには、草原の中を歩いている等身大の新太の姿がそこにあった。

「おい、近衛、そこで何をしてるんだ?」

 麗子が声をかけるが新太は少しも反応を見せなかった。

「おい無視するなよ近衛!」

 少しキレ気味に倉の戸に近づくと、足元が暗いせいか麗子は段差に気がつかずにつまずいてしまい、そのまま戸の中の異世界へと吸い込まれてしまうのだった。

 それから数分後、近衛家の倉の戸と異世界との繋がりは途絶え、倉の戸の先には荷物が積まれた普段通りの倉の中が見えるだけだった。



 そして、それから更に数十分後、新太の父である健介が仕事を終えて慌てて帰って来た。

「ただいまー! 父さんー!」

 健介は父である源一郎の部屋に駆け込むが誰もいなかった。
 リビングに戻ると食卓の上に一枚の手紙が置いてあるのに気がつき、健介はそれを手にとって読み始める。


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 健介へ。

 新太の異世界冒険はどうやら続きがあるようだ。
 なにせ、次の新しい異世界へと通じる倉の戸がまたも開いてしまったからだ。
 だから、もう一度、新太を異世界へと送り込む。
 大事な孫をぐれたままで終わらせるわけにはいかんからの!
 きっと失敗を糧に大成長するはずだ。
 なに、心配するな。
 今度はわしもついて行くからな。
 数日ほど留守にするが新太の幼馴染の綾乃ちゃんに宜しくな。
 それと、母さんのいる仏壇の掃除を忘れずに。
 あと、明美さんにも上手く言っておいてね。

 父 源一郎より。

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「うわぁぁぁぁーーーーー!!!!????」

 まさかの斜め上な展開に、健介はその場で絶叫を上げるのだった。


《序章 終わり》
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