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よあけの部屋

□ 迷宮長は最凶の白魔道士 □

7 男子3日会わざれば刮目して見よ その3「麗子編」

 新太は賑やかな朝の教室に入ると窓際の一番前にある自分の席に座り、綾乃は教室の真ん中辺りにある自分の席に座る。

 やがて1時限目の授業が始まるが、新太は頬杖をつきながらぼんやりと窓の外に広がる青空を眺め続けた。
 2時限目、3時限目も新太は微動だにすることなく青空を眺め続ける。

「おい、近衛ー。ちゃんと授業を聞きなさい」

 中年男性の社会教師が新太に声をかけると、新太は生徒らしく反省することもなくいきなり席を立ち上がった。

「どうした近衛?」

 少し驚く教師に新太は無愛想に答える。

「気分が悪いので保健室に行ってもいいですか」

「ん?」

 教師は出席簿を開いて確認する。

「ああ、そういえば近衛はここ数日、風邪だったんだな」

「はい」

「分かった。少し落ち着くまで保健室に行って休んでいなさい」

 教室がしんと静まり返る中、新太はクラスメイト達の視線など気にもとめず平然と教室を出て行く。

「(たーちゃん……)」

 教室の廊下側のすりガラスに映る新太の影を見つめながら、綾乃は心の中で新太の名前を不安そうに呟くのだった。


 新太は保健室には行かず、そのまま階段を上がっていくと屋上に出る。
 まだ少し肌寒い季節なのだが、天気が良いせいか日当たりも良く心地良い。
 新太は先客のいるベンチに遠慮無く腰掛けると足を組み、憮然とした感じで背もたれに倒れかかりながら眼下に広がる街並みを見つめた。

「……なんだ近衛か。珍しいな」

 ベンチの先客である女子生徒が新太と同じように背もたれに倒れかかりながら気怠そうに呟く。
 見事なほどに整った綺麗な顔立ちながらも、かなりの鋭い目つきとサラサラながらも金色の長髪、そしてロングスカートのセーラー服で豊満な胸。
 もはやどこからどう見ても不良な彼女の名前は「皇(すめらぎ) 麗子(れいこ)」、新太のクラスメイトである。
 いつも不機嫌そうにイライラしているまさに不良な彼女なのだが、なぜかどの不良グループにも属していない硬派な一匹狼を貫いている。

「辛い思いをするとさ、真面目に生きるのがバカバカしくなるんだな」

「……はは、近衛も世の中の理不尽さを理解したわけか」

 新太と麗子はお互いに顔を見ることもなく、目の前に広がる景色をぼんやりと眺めながら言葉を交わす。

「ああ、人間ってのは実に汚い生き物だと思い知らされたよ」

「何があったかは知らないけれども、それには賛同するね」

 麗子もロングスカートの中で足を組む。
 それ以後、二人に会話は無かった。
 ただ、日が傾き夕暮れ色に世界が染まり始めるまで、二人はただただぼんやりと景色を眺めていた。
 新太の無意味な時間潰しの行動に麗子が平気で付き合えるということは、麗子の心もまた新太と同じぐらい何かの理由で傷ついているということなのだろう。

 やがて、校内からは帰宅を促すまったりとした音楽と、帰宅を始めた生徒達の賑やかな声が聞こえてくる。

「……それじゃ、私はこれからバイトだから」

 麗子は静かにベンチを立ち上がると新太の前を通り過ぎていき屋上のドアに手をかけるが、何かを思い出したかのように立ち止まると新太に向かって声をかけた。

「……近衛ー。それでもさ、それでも私達はこれからも生きていかなくちゃならないのさ。仕方ないけどもさ」

「……ああ、そうだな」

 新太が街並みの方角を向いたままぼんやりとそう答えると、麗子は小さく頷いて屋上を出て行った。


 麗子は楽しそうに友達同士で帰宅していく生徒達の中を、長い金髪を揺らしながら無表情で通り過ぎて行く。
 麗子には学校内に友達は1人もいなかった。
 不良なので当たり前なのだが、普通の生徒達は誰も彼女に声をかけようとはしなかった。
 麗子の方もむしろ誰からも声などかけて欲しくは無かった。
 自分とは違って幸せそうな奴らから声をかけられると、余計にイライラが募ってしまうからだ。

 だが、そんな中で唯一、同じクラスメイトの新太だけは麗子に声をかけてくれていた。
 クラスメイトであり席が近いせいもあるのだろう、別に何か大層な話をするわけではないが顔を見かけると挨拶をしてくれるのだ。
 もちろん最初は鬱陶(うっとう)しくて無視をしていたが、それでも挨拶をしてくれる新太に対してだけは、やがて他の皆にしている敵視と嫌悪の感情が薄れていった。

 むしろ麗子にとって今や新太は、この学校に自分が存在することの証明になってしまっていた。
 誰にも気にかけてもらえない者は、存在しないのと同じである。
 学校内で唯一、麗子を認識してくれる新太がいてくれることによって、麗子はこの学校の生徒という存在を維持できているのだと考えていた。

 不良な麗子にとって幸せそうな他人がどうなろうと知ったことではない。
 だが、新太だけは別である。
 いつも平々凡々で苦労も知らない人の良さそうな雰囲気の新太は、どちらかといえば麗子が嫌いな部類の人間なのだが、好きと嫌いは表裏一体であり、羨ましいからこその妬みでもある。
 つまり、幸せそうな人間は憎々しくもあるが憧れでもあるのだ。
 だから新太ならばもはや許せるし、これからも幸せでいて欲しいなとさえ感じていた。

 しかし、そんな平凡なはずの新太がなぜか自分と同じような濁った目をしているのを見て、麗子は思わず新太に声をかけてしまったのだ。
 もし、いつもの新太がベンチの隣に座ったならば、麗子は何だか気恥ずかしくて無言のまま立ち去っていただろう。
 しかも、今日は声をかけたのみならず最後には自分らしくもないアドバイスまでしてしまった。
 今更ながら麗子は気恥ずかしくなってしまい、鼻先を指でポリポリとかく。

「(私だって誰かの心配をすることもあるさ)」

 麗子は下駄箱から靴を取り出して履く。

「(にしても、それでも生きていかなくちゃならない……か)」

 新太に送った言葉は麗子がいつも自分に言い聞かせている魔法の言葉であった。
 麗子は自分を支える大事な魔法の言葉を披露してしまった事に少しもったいなさを感じてしまう。

「(でも、相手は近衛だからな。大盤振る舞いしても罰は当たらないさ)」

 麗子は「少しでも近衛の役に立てたのならばそれでいいか」と思い直しながら校舎を出る。

「そういえば、近衛の家って私がバイトしているスーパーの近くだったよな。何を落ち込んでいるのかは知らないけれども、せっかくだし帰りに余った惣菜でも持っていってやるか」

 麗子は学校の門を出ると、自分でも気付かないほどに小さく頬を緩ませながら笑っていたのだった。
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