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よあけの部屋

□ アイテムが本当にもらえるダンジョンゲーム □

10 一網打尽

誠人は連行される雪子を途中で救うつもりは無かった。

やはり男ならゲームや漫画などでは、もはや定番中の定番であるヒロインが本当のピンチ、つまりレイプされそうになっている間際などにちょうど助けに入るというヒーロー的な行為を狙っていくべきだ。というわけではない。

もちろん、誠人はそれを否定するつもりはない。

むしろ、ヒーローには必要なイベントであるし、分かっていてもそこにはゾクゾクするようなカタルシスを感じるし、色々な角度から描かれるそのようなヒーローの活躍シーンは誠人にとっても大好物である。

なので、結局の所、そういう思いも少しだけ無いことも無いのだが、ただ今回はそれがメインではなく、あくまで作戦上そうならざる終えないという点が誠人の最終判断であった。

江田島と雪子に怪しまれない為か、だいぶ距離を取っている神田達の後を、更に離れた位置からコソコソと追跡する誠人。

徐々に江田島の自宅があるマンションに近づいていき、神田達がマンションの中に消えていく。

「さて、と」

誠人は神田達が江田島の家まで迷いなく行けるのかを知らないので、とりあえず外で3分程待機してみる。

「神田達がマンション内で迷って変な動きをしてきたら、鉢合わせてしまいそうだからな」

スマホで3分程度過ぎたのを確認した誠人は、トテトテと早足気味でマンション内に入り込み、江田島の家のある4階へと向かって階段を昇っていく。

誠人は階段先の壁に背中を当てながら廊下を覗き混んで見ると、廊下の奥にある江田島の家の前で神田達がぞろぞろと室内に入っていく所が見えた。

「(無事に辿り着いたみたいだな)」

ドアが音を立てて閉じられてから1分程待機して、誠人はテクテクと平静を装いながら江田島の家のドアの前まで歩いて行くと、ドアの前で立ち止まる。

所詮、マンションなので人通りは殆ど無い。

もしもの為に、あくまで誠人は呼び鈴を押した後の様な、まるで家の人が出てくるのを待っているかのような風体で立ち続ける。

すると、江田島の家の中から微かな悲鳴が聞こえてきた。
しかし、雪子の悲鳴らしき叫びは即座に沈黙してしまう。
きっと、神田達に押さえつけられて口を塞がれでもしたのだろう。

だが、誠人はその合図を待っていたかのように動き出した。

「……さて、始めますか」

誠人は学ランの上を脱いで一昔前のテレビプロデューサーみたいに首元で袖口を結んで羽織ると、学生鞄から茶色い厚手の皮でできた小さな四角い道具袋を取り出して、左腰のベルトに結びつける。

そして、道具袋に手を突っ込むと、そこからRPGぽい出っ張った歯がついた形の古風な鉛色の鍵を取り出すと、そのままドアの鍵穴に差し込もうとする。

マンションの部屋の鍵とはあからさまに違う形の鍵なのだが、鉛色の鍵はドアの鍵穴へと吸い込まれていく。

「(レッドゴブリンがドロップするレアアイテム『質素な鍵』、どんな鍵でも一度だけ開けてくれる消費アイテム。鍵付きの宝箱などに使う為の物なんだけれども、俺の家の鍵がこれで開いたことでこの利用方法を思いついた。ただし、消費アイテムなので一度使うと消滅してしまう)」

誠人が鍵穴に刺さった質素な鍵を回すと、「カチャリ」と音を立てて鍵が開いた後、質素な鍵は霧散して消えていった。

誠人は続いて江田島の家のドアを静かに開けていくと、途中で「ガチャ」と音を立ててそれ以上は開かなくなる。

「(……くそ、チェーンがかけてある)」

しかし、誠人は「こんなこともあろうかと」と呟きながら、道具袋から両手で扱うような巨大なチェーンクリッパーを取り出した。

ちなみに、これはアイクエで手に入れたアイテムではなく、父親である京介の趣味である日曜大工道具収集シリーズの中から勝手に借りてきた鎖などをあっさりと切ってしまう工具である。

形を例えるならば、両手で扱うような枝切バサミの先端に刃ではなく蟹の爪のような物がついており、それで鎖などをすっぱりと切断してしまうのだ。

誠人はさっそく両手で握ったクリッパーの蟹のような刃先をチェーンに噛ませてから柄を閉じると、大した力もかけていないのにまるで紐が切れるかのようにチェーンが切断された。

「(さすが我等が文明の利器)」

アイクエのアイテムに負けない便利な道具を褒め称えつつ、誠人はクリッパーを道具袋に押し込むと、江田島の家のドアを更に開けてするりと体を玄関に潜りこませてからドアを静かに閉じて鍵をかけた。

玄関先に学生鞄を静かに置く。

玄関先には江田島達や神田達の靴が散乱しており、外からは聞こえなかった騒がしい音が廊下の先の部屋から漏れ出していた。

誠人は「ふー」と小さく息を吐くが、緊張で暴れ始める心臓の鼓動を制御することなどできるはずもなかった。

なにせ、今から行おうとしていることは、誠人の今までの人生、そして性格からいってありえない行動なのである。

決して雪子を救う為などという格好の良いものでは無い、あくまで美味しい思いをするという神田達を邪魔してやろうと思い至り、どうせなら日頃の恨みさえも晴らしてやろうと思いついただけなのである。

だが、それこそが誠人に足らなかった大事な感情なのだ。

嫉妬から生まれた感情が成長し、激情なる怨念による復讐心へと化学変化を起こして、今や轟々と燃えあがっている。

自己を防衛して、明るい未来を取り戻す為の正当なる激しい怒り。

ここに、誠人の男としての覚醒は果たされたのだ。

誠人は腰の道具袋から小さな木の棒の切れ端を取り出した。

ちなみに、先程から誠人がホイホイとド●えもんみたいにあれやこれやとアイテムを取り出しているこの道具袋は、ゴブリンがドロップしてくれるレアアイテム「道具袋」である。

まさにそのままの名前であるが、もちろん機能もそのままで、どんなアイテムでも収納してくれるRPG定番のアイテムだ。

ちなみに、ゲーム内ではアイテム欄が存在するので、ゲーム内におけるこの道具袋は利用価値の無い死にアイテムである。と誠人は思っているのだが、それはまだ誠人が色々と知らないだけなのである。

ただし、道具袋に収納できるアイテムは6つまで。

さすがにゲームを始めて間もないアイテムなので、それほどぶっとんだ性能を持っていないことは誠人も理解をしている。

ただ、現実的に考えてみると、こんなポーチ程度の小さな道具袋にあの巨大なトゲトゲ棍棒すら6本も入ると考えると、現実の世界ならばなかなかに優秀なアイテムだと誠人は考えている。

実際、学生鞄には入りきらなかったチェーンクリッパーをあっさりと収納してくれているのだから、この作戦を遂行する為には無くてはならないキーアイテムの一つである。

さて、そんな道具袋からどうして誠人は現在、最強の攻撃力を誇るトゲトゲ棍棒を取り出さないのか、それは江田島や神田達を暴力で殺す事が目的ではないからである。

「(あいつらを殺した所で俺の人生がめちゃくちゃになるだけだし、そもそも、武器があっても上手に喧嘩をする自信が無い。だから、俺はこれでいく)」

誠人は道具袋から取り出した武器とも呼べない木の棒の切れ端である「木の欠片」を力強く握りしめながら、江田島と神田達がいるであろう部屋まで歩いて行く。

部屋の中からは雪子のうめき声、江田島達女子の楽しそうな声、神田達男子の興奮した声が入り交ざって漏れ聞こえてきた。

「(俺はヒーローじゃない、考えた作戦通り、やることをやれ……)」

誠人は両目を閉じて深呼吸をしながら、自分に言い聞かせるように同じ台詞を何度もブツブツと呟く。
すると、神田達が雪子の口を抑える手が滑ったのか、雪子の悲痛な声が響いた。

「――誰かぁ!! 誰か助けっっ!!! んんんん!!!」

「――黙れ大田原!!!」

即座に神田達に口を抑えられる雪子。

それを合図として誠人は両目を見開くと、部屋のドアを開けて突入する。

部屋のベッドの上には雪子が仰向けで寝転ばされており、雪子の口元にタオルを押しつける男子、両手を抑える男子、両足を抑える男子、そして彼等に押さえつけられた雪子の上に馬乗りになる形で跨っているボクサーパンツ1丁の神田。

雪子の学生服の上着は既にめくりあげられて、豊満な胸の可愛らしいブラジャーがあらわとなっており、その両胸を神田は両手で鷲掴みにしていた。

そのベッドの横で、雪子がレイプされる様を高みから見物するかのように、小さい丸テーブルにお菓子やジュースを置いて、それをつまみながら談笑していたらしい江田島グループの女子達。

秘密の強制売春乱交会であるはずの、ましてや江田島の家の部屋という他人の住居スペースに突如として入って来た部外者の誠人。

そんな誠人に思わず振り返る江田島と神田達。

しかし、江田島と神田達は、部屋に突入してきた人間がクラスメイトでイジメられっ子の誠人などとは認識できないぐらいに思考がフリーズしてしまっていた。

ほんの一瞬、時が止まった世界の中を誠人は躊躇なく突き進む。

誠人はヒーローらしい口上など何も叫ばない、まるで犯行現場に突入してきた特殊部隊員の様な感じで、突入と同時に脇目も振らずに「スタタタタ」とベッドの側まで駆け寄ると、雪子に跨る神田の肩を「トトトトトトトン!」と、まるで肩たたきをしているかのように木の欠片を握った右拳を連続で叩き込む。

「――な、なんだ!? お前!? デ、デブなたっっ!!?? ど、どうしてお前がここに!!!」

やっと、侵入者が誰なのかを脳が処理したのか神田が驚きの声をあげる。

「――てめー!! デブオタァァ!!! なに、勝手に人の家に入って来てんだよ!!!」

こめかみに血管を浮き上がらせながら鬼のような形相で激怒する江田島嬢。

誠人はそんな問いかけには一切答えず、一心不乱に神田の肩あたりを肩たたきし続ける。

「(――先手必勝、一気呵成、一網打尽っ!!!!)」

神田は痛くも痒くもない誠人の肩たたき攻撃を片腕で払いのけると、上半身を捻って誠人の顔面に右ストレートを撃ち放ってくる。

「――がはっ!?」

まともにパンチを受けた誠人は、鼻血の花を「パッ!」と咲かせながら後ろに尻もちをついてしまう。

雪子は一体、何が起こっているのか訳が分からないという感じで誠人の顔を見つめていた。

生まれて初めての本気の鼻上顔面パンチを受けて、誠人は勝手に溢れだしてしまう涙をポロポロとこぼした。

神田は鋭い目を更に釣り上げて、宴を邪魔した誠人を殺してしまおうかというぐらいの殺気で睨みながら、跨っていた雪子から立ち上がってベッドを降りてくる。

「デブなたー……お前、死にたいみたいだな……」

誠人は鼻血が吹き出す鼻を抑えて涙をポロポロとこぼしながら無言で神田を見上げる。

神田が誠人の前で大きく右拳を振り上げた次の瞬間、神田が勝手によろめき始めた。

「あ……れ?」

神田の顔がみるみる内に血の気が引いて顔面蒼白に変化すると、ヨロヨロと力なくその場に崩れ落ち、しまいには床に「ゲー!!」と吐瀉物(としゃぶつ)を撒き散らし始めた。

すると、それと時を同じくして、他の男子達全員も神田と同じように顔面蒼白で悶え苦しみ始め、中には女子も2人ほど倒れ伏して悶絶し始めていた。

「ヘ、へへへへ……」

それを見た誠人が乾いた笑い声をあげた。

「――お、おい!! デブなた!! 皆に何をしたのよっ!!!」

驚きと怒りに満ちた江田島の怒りを前にしながらも、誠人は平然と道具袋から薬草軟膏を取り出して中身を指先ですくい出すと、鼻の上、鼻の穴の中に塗り塗りして痛みと出血を回復させる。

なにせ、もう「事は成った」のだ。

今更、何も焦る必要など無かった。

床の上やベッドの上でもがき苦しみながら呻き声を上げている者達の中で、神田が特に酷い状態らしく、噴水を吐き出す外国のライオン魚像の様に勢い良くゲボを吹き出した。

「おえ"ー! なんだよごれ! おげぇぇ! ぐ、ぐるじい、い、息が、ゲボォォ!」

神田が床の上にゲーゲーと吐き出しながら、自分の身に何が起こったのか理解できずオロオロと泣き始めた。

「た、だずげでぇ! だずげでぇぇ! オゲェェ!!」

そんな神田を見た誠人の中で、何かが音を立てて崩れ始めた。

あの、神田が無様に泣いている。

誠人と同じ中学二年生とは思えない背の高さ、運動部、大人びた精神面、威圧感、喧嘩慣れした暴力、そして、神田と同じような悪友達を従えるリーダーの風格。

誠人は神田が本当に自分と同い年なのかと疑うぐらい、反抗心が芽生えることもできないぐらいに恐ろしく思っていた。

だが今やそんな神田も含めて、その悪友達も神田と同じように床の上で芋虫の如く身をよじって脂汗を吹き出しながら呻き声を上げ、自身に起こった不可解な現象にパニックになりながらメソメソと泣いていたのだ。

「(……なんだ、神田達も俺と同じなんだ)」

誠人は、あれほど恐ろしかった神田達が、なんだか自分と同じ歳相応の中学二年生に見えた。

誠人は何だか嬉しいような悲しいような何ともいえない複雑な感情を抱いてしまう。

あれほど恐ろしかった者達を倒せた喜び。

それと同時に、こんな情けない奴等に苦しめられていたのかという虚しさ。

世の中の真実の一端に気がついた誠人は、また1つ大人の階段を昇るのだった。

「…………」

誠人は悶え苦しむ神田達を冷たい目で一瞥した後、ギャーギャーとヒステリックに喚いている江田島嬢の前に行き、先程、神田に対してやったのと同じように江田島の肩を「トトトトトトトン!」と、肩たたきをするかのように木の欠片を握った右拳を連続で叩き込んだ。

もちろん、そんな誠人の肩たたき攻撃は女子である江田島であっても痛くも痒くも無い。

「な、何してんだよデブなた!! 勝手に私に触ってんじゃねー!!!」

誠人の不思議な行動を受けて江田島が更に激怒するが、次の瞬間、江田島も顔面蒼白になってヨロヨロとふらつくと、その場にペタンと女の子座りをして体を震わせ始める。

「え? 何これ? 寒い? 熱い? め、目が回る?」

そして、江田島は真横にパタリと倒れ伏した。

「ううぅぅ……体が軋む……呼吸が苦しい……関節が痛い…………うぶ」

江田島嬢は小さくえずくと可愛い顔のお口からそのまま「ゲボリ」とゲロをぶちまけた。

どうやら神田と同じく江田島嬢も効果抜群の様だった。

まだ大丈夫だった残りの女子達も江田島が倒れると同時に倒れこみ、とうとう、室内にいる雪子と誠人以外の全員が悶絶状態に陥っていた。

「はぁー……上手くいった」

誠人は「やれやれ」という感じで溜息を吐き捨てた。

床の上で苦しそうに悶える江田島と神田達。

ベッドで上半身を起き上がらせて呆然と室内の様子を眺めている雪子。

誠人は右手に握っていた木の欠片を道具袋にしまうと、ゆっくりと雪子の側に近づいていく。

呆然としている雪子に優しく声をかける誠人。

「大田原さん、服、戻した方がいいよ」

誠人は少し顔を横に逸らして、雪子のブラジャーな爆乳を見ないようにしながら教えてあげると、雪子は「あ!」と気がついて顔を真っ赤にしながら上着を整える。

照れ臭そうに顔を逸らしている誠人に、雪子が声をかけた。

「あ、あの……もしかして日向君が、私を助けに来てくれたの?」

「う、うん」

誠人は視線を戻すと、少し言葉を詰まらせながら頷いた。

しかし、雪子は未だこの状況が理解できておらず、そもそもとして、なぜに大した知り合いでもない誠人が助けに来たのかも意味が分からないしで、少し呆けたまま「あ、ありがとう」とお礼の返事をするのが精一杯だった。

雪子が色々とパニック状態であることは、その表情を見れば誠人にも理解ができたので、誠人は雪子の手を取るとベッドから立ち上がらせてあげる。

「さっさとここから出るよ。忘れ物は無い?」

「え、えと!」

雪子は部屋の隅に投げ置かれた自分の鞄を手に取る。

「そういえば、撮影とかはされてない?」

「え、えと、たぶんされていないと思う」

「そう、じゃあ行こう」

「う、うん」

誠人が江田島や神田達の間を縫うように進んで行くと、その後を雪子も続いてついてくる。

部屋のドアに辿り着くと、神田が急に悲壮感丸出しの声を出し始めた。

「ああ? ああぁぁぁ! あああああああああ!」

次の瞬間、室内に「ブリブリブリブリブリィィィィ!!!」という軽快な音が鳴り響き、神田のボクサーパンツのおしりが「もっこり」と山のように膨らんでいく。

どうやら、異変がお腹にまで来たらしく神田は皆の前で豪快に脱糞してしまったのだった。

「……大田原さん、ちょっとだけ待ってて」

「え、う、うん」

誠人はドアの前で雪子を待たせると、神田の元に戻ってスマホで写真を連射した。

「――や"、や"めろ! どるなっ! デブやなぎぃぃ!!」

誠人に向かって誠人を蔑むアダ名を叫んだ神田に、誠人は苛立たしそうに眉をひそめた。

「(こいつ、俺に倒された事を理解していないのか?)」

誠人はスマホを動画モードに切り替えると、神田の腹を軽く蹴りあげる。

「――あがああああ!?」

軽い蹴りとはいえ我慢しているお腹にとっては致命傷だったらしく、「ビチビチビチィィィ!!」と更なる脱糞(柔らかめ)を始める神田を録画しつつ、もはやボクサーパンツから溢れ出した物の状態も撮っておいた。

「汚くて臭いけど、何だろう……笑いが止まらないなこれ」

誠人は鼻を摘んでニヤニヤしながら動画を撮り終えると、次は江田島嬢の方に近づく。

「ぐ、ぐるな! でぶおだ!!」

何か嫌な予感を感じたのか、誠人に対して必死に罵声を浴びせかける江田島嬢。

誠人は江田島嬢の側で立ちながら、ドアの側にいる雪子に顔を向けて「大田原さん、やる?」と聞くと、雪子は「うん!」と力強く頷いてから側に寄って来た。

「え?」

聞いておきながらまさかの展開に驚いてしまう誠人。
なにせ、ここから先も誠人自身でやるしかないと思っていたからだ。

「(……大田原さんも怒りに目覚めたのかな)」

誠人の予想通り、雪子も雪子なりに怒りパワーに覚醒して目覚めていた。

なにせ、魂のオタク&BL系グッズを全て売却させられ、あげくには先程の売春強要である。

さすがに温厚な雪子も、誠人が作り出したこの絶対勝利な状況の雰囲気に感化されたのか、雪子なりの怒りパワーを目覚めさせてしまっていた。

「……じゃあ、どうぞ」

誠人は背中を向けると、雪子は江田島のスカートをまくし上げてから、江田島の腹部を「えい!」と軽く蹴りあげた。

女は度胸だ!と言ったのは天空の城ラピ●タに出てくる盗賊の女頭だったか。
確か、その女頭も若い頃はその物語のヒロイン並に美しい姿をしていたらしい。

そんな事を思い出しながら誠人は思う。

一度、覚悟を決めた女子は鬼強い。

実際、江田島の腹部に蹴りを叩き込む雪子に戸惑いは一切無かった。

「……あああああぁぁぁ!」

江田島嬢の消え入りそうな悲痛な叫びと共に、神田と同じく「ブリブリブリバババババァァァァ!!!」と豪快に脱糞すると、純白のショートが汚物まみれになった。

「(うわぁ……女子の脱糞音、初めて聞いた……。しかも、便秘気味だったのか音が鳴り止まない……)」

誠人は更に大人の階段を昇るのだった。

江田島嬢の痴態をスマホで録画した雪子に誠人は声をかける。

「俺と大田原さんがまた何かされると危険だから、とりあえず今後の防衛手段の確保、つまりは保険ということで」

「う、うん」

誠人の言葉の意味を理解したのか、雪子は当然という表情で力強く頷いた。

「(本当は他の方法で対処する予定だったけれど、写真や動画もこれはこれで分かりやすいだけに使いやすいかもね)」

誠人は雪子を先に部屋から出すと、室内に振り返って神田と江田島達に声をかける。

「おっと、そうそう、さっさと救急車を呼ばないと「死ぬ」かもしれないよ」

誠人は最後にそうアドバイスをかけてあげると、もうここには興味が無いという感じで部屋を出て廊下を歩いて行くので、その後を雪子も慌てて追いかけた。

神田と江田島以外の何人かも、とうとう自力で我慢ができずにゲロや脱糞を始めたらしく、室内はゲロとクソの匂いでとんでもない悪臭が満ち始めていた。

そんな中、誠人のアドバイスを聞いていた比較的まだ大丈夫な女子が、自分のスマホで何とか救急に電話を入れるが、江田島家の細かな住所などは知るよしも無いので、悶え苦しむ江田島嬢から情報を得るのに四苦八苦する事になるのだが、それはもう誠人には何ら関係の無い話であった。

誠人は玄関に置いていた自分の学生鞄を拾いさっさと靴を履くと、雪子も続いて靴を履く。

「早くここから立ち去った方が良い。ドアを開けたら小走りで降りよう」

「は、はい」

誠人が静かにドアを開けて部屋から出ると、その後に雪子も続く。

2人は無言でそそくさとマンションの廊下を走り階段を駆け下りると、誰ともすれ違うことも無く、そのままマンションから脱出した。

その後も2人は無言のままで更に小走りを続け、マンションからだいぶ離れた地点で足を止めた。

2人の荒い呼吸が重なる。

「……ここまでくれば大丈夫だと思う」

誠人の言葉に雪子はコクコクと小さく頷いた。

「あ、あの、ところで江田島さん達はどうなるのかな?」

「あー、うん、たぶんそんな大事には至らないよ。まー、しばらくは入院生活だろうとは思うけれどもね」

ちょうどその会話の時に、江田島のマンションの方角から救急車のサイレンが微かに聞こえてきてやがて消えた。

雪子は「一体、皆に何をしたの?」と聞きたい衝動に駆られるが、そこは何とか我慢した。

なにせ、雪子は助けられた立場なのだ。

その救出方法がいかに摩訶不思議でも、いや、摩訶不思議だからこそ気軽に聞いてはいけないと思った。

だから、雪子は素直に改めて感謝の言葉を述べるだけにした。

「き、今日は助けてくれてありがとう」

「あ、いえ、別に、その、ああ……うん、どういたしまして」

雪子、というか女子に感謝の言葉と共に頭を下げられたことなど生まれて一度も無い誠人は、突然の初体験に声がキョドってしまう。

「わ、私の家、こっちの方角だから……」

雪子が分かれ道の片方を指差す。

「ああ、うん。それじゃバイバイ」

「う、うん、バイバイ」

雪子は誠人に対して胸前で小さく手を振ると、そのまま自宅の方角へと歩いて行くのだった。

誠人は雪子の背中を眺めながら小さく頷いた。

「(別に大感動で感謝されることを期待していたわけじゃない。目的は神田達の野望の阻止と日頃の復讐のみ。だから、これで良いんだよな)」

誠人は一仕事を終えたかのように爽やかな笑顔を浮かべて、青空を見上げながら背伸びをしてみる。

すると、なぜかいつもは灰色がかったように見えていたはずの景色が、急になぜだか眩い極彩色のように輝いて見え始めたのだった。
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