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よあけの部屋

□ アイテムが本当にもらえるダンジョンゲーム □

7 予期せぬ崩壊

雪子は家に帰ると、自室のベッドに突っ伏したまま放課後に受けた江田島の脅しをどうするか悩んでいた。

『じゃあ、明日は皆でカラオケにいこうね?』

にこやかに微笑みながら呟く江田島の顔と台詞が、雪子の脳内をリフレインし続ける。

今日も雪子の母親は趣味の習い事で家には居ない。
しかし、母親が居た所で相談する気は無い。
心配をかけたくないし、お金を頂戴なんて浅ましい事をお願いする勇気も無い。

だが、もう既に貯金していたお年玉も底をついた。

100万円ほどはあったはずだが、江田島達で散財されればあっという間だった。

「(明日のカラオケ代どうしよう)」

雪子はぼんやりと自分のお気に入りグッズが詰まった棚を眺める。

棚の中には一般的なゲーム、漫画、小説はもちろんあるのだが、中央付近の一番取りやすく、見やすい場所には、美男子学生達が自転車競技や水泳やバスケなどで青春を謳歌する系のアニメ、戦国武将達が大活躍するアニメなどのBDがずらりと並んでおり、その下の棚にはそういう男のキャラ達が恋愛しあう、いわゆるボーイズラブ(BL)系の同人誌がぎっしりと並んでいた。

そう、大田原 雪子は隠れオタクであり、更にはBL系が好きな腐女子でもあった。

「(……これを売ったら、いくらかにはなるのかな)」

雪子はしばらく呆然と、自分の辛い日々を支えてくれた魂の拠り所達を名残惜しそうに眺めた後、それらの一部を売り払うことをわりと早めに決意する。

なにせ時間的な余裕が無いのだ。

明日までにカラオケで遊ぶお金を用意しないと、江田島達に何をされるか分かったものではない。

雪子は大事なコレクションの一部をトートバックにつめ込むと、行きつけのショップへと駆けこむのだった。




「……1万3千円」

帰りの電車の中で、雪子はため息混じりにポツリと呟いた。

雪子は流石に本当の魂までを売り払うつもりは無かったので、何とか譲れる線のアイテムをセレクトしてきたのだが、心配通り実に微妙な買取金額となってしまった。

なにせ、買った物は大事にする性分なので中古ショプを利用したことが無く、雪子は中古相場をいまいち理解していなかったのだ。

結果としては明日の「いつも」のカラオケ代としては乏しい金額である。

とりあえず、何とか頭を下げて1万3千円に収まるように遊んでもらうしかないが、次はもう無い。

いや、あるにはある。

次こそ、本当にお気に入りの魂のグッズを手放せば良いだけ。

それを思うと、雪子は悲しくて悔しくて辛くて、帰りの電車の席に座りながら泣きそうになってしまい、それをごまかすように一人俯いた。

そんな雪子の前に人影が立ち止まる。

「……あれ? ユッキーじゃん」

その声に驚いた雪子は、赤い目のまま声の人物を見上げた。

すると、そこにはかわいい私服を着たいじめ主犯格の江田島が立っていた。

「え、江田島さん?」

「なになに、どこいってたのユッキー」

「え、えと、その、ちょっと買い物へ」

雪子のBL系趣味は誰にも言わない秘密の趣味なので、雪子は言葉を濁した。
それに、そもそも明日のお金を工面しに行っていたなどとは、あまりに情けなさ過ぎて言えるわけがない。

「へー、何かかわいい服でもあった?」

買い物といえば服しかないと思っているのか、江田島は雪子の横に座ってくる。

「ねー、見せてよ見せてよ」

「え!? ちょ、ちょっと!!」

江田島は雪子が肩から下げているトートバックに強引に手をつっこむと、中古ショップで買取拒否されたBL系同人誌をひっつかんで取り出してしまう。

「え? 本? なにこれ」

「――や、やめてっ!!!」

思わず絶叫しつつBL系同人誌を取り戻そうとするが、江田島は軽やかに雪子の手をくぐり抜けて席を立ち、雪子に向かって立ちながらBL系同人誌の中身を確認し始める。

「――っ!?」

雪子は言葉も無く顔面蒼白となった。

なにせ、BL系同人誌の中身を見た江田島の移り変わる表情が心底、恐ろしかったからである。

まずは驚き。

そして次に無表情。

最後は、心の底からバカにするような嘲笑を浮かべつつポツリと一言。

「……キモ」

江田島の冷たくも容赦の無い一言が耳に入った瞬間、雪子は世界と自分が木っ端微塵に崩れ去る音を体全体で聞いたのだった。

その後、雪子は帰宅までの記憶が無かった。

夕飯も何を食べたのか覚えていないし、お風呂に入ったのか、歯を磨いたのか、母親とどんな会話をしたのかも記憶に無い。

ただ、毎日の習慣のおかげか母親に気取られる事はなく、いつも通りパジャマに着替えてベッドで眠り、朝を迎えていた。

雪子は自分の髪が綺麗な事を確認して、自分が昨夜はちゃんとお風呂に入っていたことを知る。

雪子は今なお心ここにあらずという感じで学校への支度をすませると、重い足取りで登校した。

江田島が雪子のBL系趣味を黙っていてくれるかもしれない、そんな淡い期待にすがりながら。

だが、当たり前だが、それは愚かな希望に過ぎない。

その事実を、雪子は教室に入った瞬間に理解する。

教室内のクラスメイトが、雪子を見た瞬間に静まり返ったのである。

そんな雪子を江田島グループはニヤニヤと微笑みながら見つめていた。

雪子は何が起こったのか分からず軽いパニックに陥ったが、通りすぎようとした黒板を見て理解した。

黒板にはデカデカとした字で


『大田原 雪子は「ホモ」が大好きです♪』


と、書かれていたのだ。

それを見た瞬間、雪子の顔は茹でダコの様に真っ赤になり、雪子は慌てて黒板の文字を黒板消しで消す。

そんな雪子の慌てふためく姿を、最上位女子派閥の江田島達が腹を抱えて大笑いしていた。

雪子は黒板の文字を消すと、そのまま自分の席へと座り、顔を隠すように机に突っ伏した。

後ろの席を陣取っている江田島達は「ホモホモホモ」と連呼しながらゲラゲラと笑い続けている。

そんな教室の中で誠人は席に座りながら、一体、何が起こっているのか分からず呆然としてしまうのだった。


その日を境に、江田島達の雪子に対する「仲良しごっこ」は終わりを迎えた。

今までは、「金づる」として、とりあえずグループに囲う為に雪子とは仲の良いふりをしていたが、そういう素振りは一切見せ無くなった。

江田島達と雪子との会話は全く無くなり、雪子は一人ぼっちでいる事が多くなり、江田島達からはことあるごとにホモ好き呼ばわりされて嘲笑されるようになった。

唯一、今までと変わらない事といえば、江田島達から雪子へのお金の要求だけである。

ただし、「お金をおごって?」から「お金を出せ」へと変わり、江田島達はことあるごとに雪子から遊ぶ金を巻き上げ続けた。

そのせいで、雪子の魂のグッズが詰め込まれた棚は、もはや既に空となっていた。

そんなある日、空きクラスばかりとなった離れ校舎にある利用者が少ない女子トイレに連れてこられた雪子は、江田島達に取り囲まれていた。

「おいホモ女。今日の分、持ってきただろうな?」

江田島が腕組みをしながら冷たく言い放つ。
もちろん「お金」の事である。

雪子は顔面蒼白で俯きながら、ふるふると顔を左右に振った。

「はぁ!?」

江田島は眉間に青筋を立てながら眉毛を釣り上げて怒りの表情を見せる。
周りの取り巻きの女子達はニヤニヤと事の成り行きを眺めていた。

「ご、ごめんなさい。もうお金……本当に無いんです」

「無いで済むわけないじゃん! だったら稼げよ!」

「へ?」

江田島の言葉の意味が理解できず、雪子は思わず顔を上げて江田島の顔を見る。
江田島は唇の端を釣り上げながら邪悪な笑みを浮かべていた。

「だからー、稼げって」

「え、えと、稼ぐっていわれても」

江田島は右手をゆらりと上げると、学校内一である雪子の爆乳を遠慮無く鷲掴みにした。

「い、いたい!」

「これこれ、こんなに無駄にでっかいのをぶら下げてるんだからさー、これで稼げよ。男ならすぐに金を払ってくれるだろうからさ」

「そ、そんな!」

雪子が涙目で抗議するが、江田島は更に鷲掴みしている手に力を込めた。

「い、いだいっ!」

「黙れよホモ女。お前は私達の言うことに従ってればいいんだよ。分かったか!」

「…………」

雪子は無言で拒否の意思を示すと、江田島は鬼の形相になって雪子の頬を叩いた。

乾いた音が女子トイレの中に響き、続いて雪子の黒縁メガネが飛んで床に落ちる音が鳴る。

雪子は生まれて初めて受けた暴力の痛みにショックを受けてしまい、叩かれた頬を両手で抑えながらどうしようもなく溢れてくる涙をただただポロポロとこぼした。

「男はこっちで用意しておくから」

捨て台詞の様に江田島はそう吐き捨てると、取り巻きを引き連れて女子トイレから出てくる。

そんなやり取りを女子トイレの隣にある男子トイレの出口付近で盗み聞きしていた誠人は、慌てて出てきていた男子トイレに駆け込んだ。

もちろん、誠人がここにいたのはたまたまで、お腹が痛くなった時用にと決めてあるこの利用者の少ない男子トイレで大をしていただけなのだ。

無事に大という難を逃れた誠人がトイレから帰ろうとした矢先に、女子トイレの中から先程のやりとりが漏れ聞こえてきたというわけだった。

誠人が男子トイレの手洗い場で身を潜めていると、両手で顔を覆いながら声を押し殺して泣く雪子が女子トイレから出てくる。

雪子がそのまま、とぼとぼと廊下を歩いて行く後ろ姿を誠人は呆然と見つめていた。

「(大田原さん、やっぱり江田島達にイジメられ始めたんだ……)」

誠人は以前の「嘘の仲良しゴッコ」に関しては真実を知らないので、最近の江田島達の雪子に対するホモ好きいじりからやっと雪子の状況を認識し始めていた程度であった。

ちなみに誠人に対する神田達のイジメ行為も少しずつエスカレートしてきており、皆の前でパンツを脱がされそうになったり、うんこをしろとか、オナニーをしろとかを脅迫され始めており、誠人にも徐々に性的なイジメが始まりつつあった。

だが、それでもと、誠人は思った。

「(女子のイジメもエグいな……)」

そうは思うものの、同い年の男子よりも少し幼い感じの誠人には、女の子がイジメられているのを見て義憤を燃え上がらせるということはできなかった。

なにせ、自分がイジメられているという現状の危機ですら、怒りの感情を浮かべられない程に未成熟なのだから無理もない。

だが、そんな誠人でも心の片隅にチクリとする痛みを感じてはいた。

もちろん、その理由を今の誠人には認識することはできない。

誰もいなくなった廊下に出た誠人は、少し茫然自失状態で教室へと戻るのだった。
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